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Lv.103 勝ち負けのその先。

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久しぶりの書き込み。またどちらかというと雑念系です。 

ここ半年ぐらい僕はすっかり格闘ゲームにハマっています。前から好きだったんだけど、特に今年は今まででも一番ぐらいに遊んでいます。

きっかけは今お邪魔している会社で休憩時間にみんなでゲームを遊びたいと思い、家で眠ってたゲーム機とソフトが勿体無いからと、会社に持っていったことでした。それから格ゲー好きがちょいちょい集まり出して、他愛も無い時間を過ごすようになりました。

そんな中でニコ動のドワンゴさんが主催する、第一回企業対抗格ゲー大会の記事を見かけ、「どうせだったらこういうイベントにみんなで出るのも面白そうだな、ゲーム会社なんだし。会社の宣伝もできるし。」そんな、なんとなくな感じで続けていきました。

元々下手の横好きだったのもあって、いざ大会に出場するものの何も出来ないぐらいにボコボコにされました。だけどその時に感じたのは「あぁ、こういうイベントって、すごい面白いな。」ということでした。同じゲームを好きな人が同じ場所に集まって、勝ったり負けたり、一喜一憂する。そういった空間自体がすごく魅力的に感じました。

そんなことがきっかけで、僕の中の格ゲー熱というか、そこにまつわる色んな事柄に少しずつ興味を持ち始めます。

先ずは単純に、もう少し格ゲーが上手くないたいと思ったこと。おかげ様で大会以来ほとんど毎日、会社や家で遊んでいます。人として大丈夫かと思うぐらいに。挙句の果てには会社のレクリエーションとして社内格闘ゲーム大会を主催、当日は3人1組で9チーム、27人もの人が参加してくれました。

最初は3~4人で適当に遊んでいた集まりも、気が付いたら17人の立派な社内サークルに。今は、来年の他の会社と対抗戦をやるための選抜メンバーを決めるための、社内リーグが開催中だったりします。会社の集まりに限らず、ゲームをきっかけにこういった色んな人同士のコミュニティが広がっていったら、今よりももっとゲームの魅力が生きるのかなと、日々感じています。

それ以外にも僕は格ゲー(というかULTRA STREET FIGHTER IV限定なんだけど)にまつわる物に対し、だいぶこじらせてしまったようで、この半年だけでも格闘ゲームのイベントや大会をアホほど観たり、格ゲー関連の書籍や漫画、サントラを買いあさってみたり、プロゲーマーのかたとも沢山お会いする機会があったりと、気が付けば毎日何かしらの形で格ゲーに携わるようになっていました。 

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格ゲーの大きな魅力の一つに「自分が頑張った分だけ強くなる。」というのがあります。技を覚えたり、コンボを練習したり、色んなキャラクターと戦って攻略法を考えてみたり。コツコツやってれば少しずつ上手くなるので、それが純粋に嬉しいなと思うと同時に、他のゲームに比べてもゲームデザインがシンプルかつ奥深いもので、何度やっても毎回新しい発見があります。そういった「掘っても掘ってもまだ何かが出てきそうなところ」が、僕にとっては飽きもせずにワクワクするのかもしれません。

とは言えさすがに毎日やっていると、飽きというよりも「壁」を感じるようになってきます。いくら練習しても難しい連続技があったり、ネット対戦などでなかなか勝てなくなってきた時です。もっと上手くなりたい、負けたくないと思うと、それに合わせて更にたくさんゲームを遊ぶわけですが、かと言って体感的に「上手くなってる、強くなってる。」と感じにくい時期に差し掛かります。

そうなってしまうと、グルグルと色々なことを考え始める。「いつもはこうするけど、こうしたらいいのかな。」「でもそれじゃ相手にカウンター食らってボコボコにされるよな……」「むしろ相手が怖くて動きが悪くなってるかもしれない……」「ここから先は俺の腕では無理かな……」「一回、ゼロから練習しなおした方がいいのかな……」「もしかして俺には格ゲーのセンスが無いかもしれない……」

こんな感じで。そうすると、なんとなく苦しんでゲームをやっているような窮屈ささえも感じるようになってきます。

でも最近、「この考え方自体が良くないんだ」ということに気が付きました。というよりも、「本来は別々のものを一緒くたに考えていること」に気付き、それじゃいつまで経っても考えがまとまるわけが無いんだと。

端的に言うと「勝つこと」「負けないこと」「強くなること」は全然別のものだということです。話が格闘ゲームなので分かりづらい人もいるかもしれませんが、意外とゲームに限らず日々の色々なところで共通することが多いように思います。

先ず、「勝つ」ということは、本来「勝つべき要素がキッチリ揃っている状態」を指しています。目の前の勝負やルール、相手を充分理解し、それに対して完璧に近しい準備をしっかり備えてこその勝利というわけです。なので偶然とか、たまたま運良く勝ったというだけでは、本来の自分の実力とは関係の無い要素も多分に絡んでいるので、本質的には勝ったとは言い難い状態です。偶然で勝つということはつまり、次回も同じやり方でやったところで、勝つ保証など無いからです。例えるならば、宝くじのようなものかもしれません。

それに対して「負けないこと」というのは、一見理屈上は「勝つこと」に同じだと思いがちですが、本質的には全然違います。例えばネットで他のプレイヤーと対戦をする場合、当然ながら自分よりも強い人もいれば、弱い人もいます。そんな中でわざと自分が勝てるような相手ばかりと対戦していれば、当然ながら「見かけ上の成績」はどんどん上がっていきます。かと言って、そんなやりかたで積み上げたものはとても脆いもので、いざ強い相手と戦わなければいけない時に自分の弱さを露呈してしまうのは、火を見るより明らかです。

また、自分の中に「これをやっておけば負けない」というパターンを作ってしまうことも、ともすれば同じことです。勝ちパターンを見つけるという点では一見強固な論法にも見えますが、仮にそれでは対応できない状況が生まれた場合には、簡単に壊れてしまう状況を自ら生み出していることになるので、同様の脆さがあります。守りに入っているという言い方もできるかもしれません。勝てる相手としか戦わないのだから。

かたや「強くなること」というのは、本来「目先の勝ち負けとは無関係」です。強くなる=「今の自分に足りないことを見つける力」だと考えるならば、例え試合に勝ったとしても「何かしらの発見」が無ければ無意味ですし、たとえ負けたとしても「そこから学びがあれば良い」ということになります。逆に言えば、単純に眼前の結果で「勝った!」「また負けた!」と一喜一憂するだけで、「何故勝てたのか?何故負けたのか?」という「自身の脳内化学」を放棄している限り、恐らく成長は止まってしまいます。

僕が遊んでいるウル4という格闘ゲームは、ネットに繋ぐことでオンライン上で他のユーザーと対戦をすることができます。勝負に勝つことで勝利ポイントが貰え、それが少しず貯まっていくことで、プレイヤーとしての実力を測るためのランクが表示されるようになります。負けた場合はポイントが下がってしまうため、勝ったり負けたりしていると、あるタイミングを境に、なかなか自分のランクが上がりにくくなります。

最初の頃は少しずつランクが上がることが楽しいし、それがゲームをプレイするためのモチベーションにもなるのですが、ポイントが上がりにくくなると、前述の「負けないこと」を無意識に意識し始めるようになります。これがとても良くない。自分の持っている物だけで守りに入ろうとするものだから、結局は成長が止まったままなので、当然なかなか勝てなくなります。

要するに、先ずは自分の頭の中にあるものがどれか?ということを気付きさえすれば、自ずとやるべきことがはっきりするわけです。僕は最初、勝ちたい、負けたくない、と思っていましたが、今は「強くなりたい」というのが明確です。それもあってか勝敗でポイントが上がっても下がっても全然気にしなくなりました。それ以来、相手と戦っている時にあれこれと色々なことを試してみて、何か一つでも小さな発見をできた時の喜びのほうが大きくなりました。

要領の良い人のようにサクサクと物事を進めるようには行きませんが、例え小さくても日々新しい発見があれば、少しずつゲームも上手くなると思って今は頑張っています。そして何より、勝ち負けに拘らず「楽しむこと」こそが、ゲームに限らず仕事でのなんでも、あらゆることにおいて、必要不可欠なんだと思います。

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Lv.62 ゲームのトラウマ

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GW期間中はゲームしすぎなぐらいゲームしてしまいました。

WiiUの新作ゲーム「XenobladeX」「スクールガールストライカーズ」「天空のクリスタリア」「ゲーセンラブ。」「神姫覚醒メルティメイデン」「シンデレライレブン」とか色々。特にXenobladeXは発売前から楽しみにしていました。というのもWiiUは他のコンシューマ機に比べてタイトルの本数がとても少ないので、超大作RPGともなると期待せずにはいられなかったからです。とか言いつつ、ゼノシリーズは殆ど遊んだこと無いけど。←

なんか物凄いぶりにRPGというものをやった気がします。というのも仕事基準で考えてしまうと、ここ数年はスマホのゲームをプレイしている時間が圧倒的に多かったからです。隙間隙間でコンシューマのゲームも遊んではいましたが、なかなかまとまった時間がとれないとなると、スマホのような「隙間時間ゲー」にウェイトが寄ってしまうというのは、世の中の流れに自分も乗っているんだなー、と。

で、あんまりにも久しぶりにちゃんとしたRPGをやってたら、色々なことを思い出しました。僕の「RPGトラウマ」というものを。僕はRPGも好きですが、全然得意ではありません。FFシリーズは10あたりで諦めましたし、ドラクエは1~8ぐらいは遊んでたはずなのに、どのシリーズも一度もクリアしたことありません。ロマサガにいたっては1で冒険早々からクソデカイ敵にぶっ殺されたのがトラウマになり、何この不条理クソゲーと思って以来一度も遊んでいません。(世間的には超名作なのにね)

で、XenobladeXをやっていて、過去のRPGで経験したそこらへんの嫌な思い出群が走馬灯のように蘇ってきました。何故そうなってしまうのかをメモがてら書いておいて、将来自分がRPGを作ることになった時の参考にしたいなと思います。

1・まったく人の話を聞いていない
先ず、ストーリー進行や町の人がしゃべる話を聞くのがとても億劫です。こっちの空気も読まずに勝手に好き勝手喋り出す登場人物達、なのにその会話の内容を一々覚えていないと、次の目的地を見失います。そうなると「あれー、俺どこに行けばいいんじゃーい!!!」となり、しらみつぶしに町中を、大陸中を、世界地図上をウロウロすることになります。

僕が若い頃にFF7をプレイしていた時「ケットシーの招待はhogehogeなんだよな。」って友達が言った時に「……え………?(そもそも誰かが正体だという概念で見てない)」ってリアクションしたのを今でも覚えています。というか、その後にすかさず友達が「え?何?オマエそんなことも分からないでゲームしてたの?それでゲーム業界目指してんの???絶対無理だろ。」って言ったんだよね。今野くん、元気にしてるかな?僕はゲーム業界で元気に暮らしているよ。おかげでストーリーの仕事だけは絶対引き受けないけど。←

2・超絶道に迷う
広大なマップダメ、ゼッタイ。何故あんなに無駄に広いのでしょうか。最近流行りのオープンワールドゲームともなると、もはや嫌がらせのために作ったとしか思えません。XenobladeX、オープンワールドなんだよね。ストーリーについても前述通り、あんまり聞いてないんだよね。まずもって最初の街が超絶広すぎる。覚えられない。しかも道に迷うくせに「広大な世界だウヒョーッ!!!」とか言って、可能な限り遠くまで行こうとする癖があるんだよね。まだ一週間ぐらいしかプレイしていないのに何回「…ここは何処だ……」ってなったか分からない。何も無い海を10分ぐらい泳ぎ続けた時は、もう終わったと思いました。

3・レベル上げつらたん
これは宿命と言ってもしょうがないですが、何かの目的を達成するためにザコ敵を何匹も倒さないといけない、これがとてつもなく辛い。昔はそれでも一生懸命やっていましたが、今となっては持ってかれる時間が悶絶勿体無いと思うようになってしまった。効率の良いレベル上げの方法などもあるんでしょうが、スマホのゲームに慣れてしまった今、フィールドをウロウロしてザコを探す時間すら「ゲームをしたい気持ちの間に挟まってる”なんでもない消費時間”なんだよな。」と思ってしまう次第。ともあれRPG好きはレベル上げがしたいわけではないというのを再確認しました。

4・ 卑怯にクソ強い敵
前述のロマサガライクに、XenobladeXでも遠出すればするほど、鬼クソ強い敵が急に現れて即死ダメージで襲ってきます。何度でも死にます。なんなんだよ。僕はこの広大な世界で美しい景色を楽しみたいだけなのに。昔のJRPGなんかと違って、オープンワールドだとそういうことも普通の出来事としてあるもんだから、タイムマシンに乗ってきた僕としてはこの理屈を不条理なものだと考えてしまいます。真・女神転生IMAGINEをやってた時もウロウロしすぎて、気が付いたら周りは絶対勝てないような敵ばっかりになったのを思い出した。そうなったらもはや終わりです。(XenobladeXは安全な場所までワープできるから大丈夫)

5・複雑なゲームシステム
前述のようにスマホのシンプルなゲームに慣れてしまったせいか、コンシューマRPGの「覚えなきゃいけないことだらけ。」な感じがすでにヤバイ。しかもUIにも色々なものが表示されていて訳わからん。しょうがないから一個一個覚えていくとして、さっき教わったアレはいつ使うんだとか、結局どの組み合わせが一番いいんだとか、頭の中で色々なことを考え続けながらも物語を進めないといけない感じの疲労感がたまりません。

良い意味ではやり込み要素ということなんでしょうが、昨今のコンシューマ離れの一端が、この複雑極まったゲームシステムなんじゃないかと、僕なんかは思ってしまいます。

6・ストーリーに理屈を求めてしまう 
どんなゲームでも大体冒頭で大枠の世界観と、プレイヤーの目的を説明すると思います。で、それが「その世界の常識」となり、ゲームが進行していくわけじゃないですか。ゲームの世界なのでファンタジー理屈や嘘っぱちがある程度入ってる。それはそれでいいとして、僕の場合、変なところで引っかかる癖があります。(人の話聞いてないくせに)

「仲間が死んだばっかなのにお前元気出すの早いな!」とか「お前いつ寝てんだよ!」とか「宇宙人なのになんで人間語使えるんだよ!」とか、そんなんツッコミ出したらキリが無いところが気になってしまいます。リアルである必要は無いけれど、作り手が絞り出したものに対して「あぁ、ここは適当だな。ツメが甘いな。」と思うと、結構一気にテンションが下がります。リアルは不要だけど「リアリティ」は必要だと思うんです。多分、最近のゲームはグラフィックや映像がリアルだからこそ余計そう思うのかもしれません。

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って、こんだけ不満があるってことは、僕はRPG向いてないんじゃないかと思うじゃないですか?でも「好き」なんです、RPG。広大な世界観とか、冒険とか、剣と魔法とか、そういうのってやっぱりゲームじゃないと体験できないじゃないですか?上述のような不満が綺麗さっぱり解消されているような素敵RPGがあったら最高だなとも思いますし、本当に将来自分がRPG作るんだったら、全部とは言わないまでも、そこらへんをキッチリこだわって作っていきたいなと思います。

さーて、地球を飛び出してまだ惑星ミラに行ってくるかー。

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Lv.7 ゲームは一日15時間まで

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最近会社にゲーム機持ってってます、Wii U。
お昼休みの息抜きに、会社の人とスマブラ、マリオカート。


いやー、面白い。やっぱりゲームは面白い。みんなでやるともっと面白い。

朝は電車でスマホのゲーム。会社に着いたらゲーム業界のニュースチェック。仕事で一生懸命ゲーム作り。昼休みの息抜きにゲーム。家に帰る時もスマホをまさぐる。家でホッとしたら寝る前まで、「今日の俺お疲れ!」と言わんばかりにご褒美にゲーム。日付が変わったらログインボーナスゲットしてから就寝。
 
……どんだけだって話です。ゲームは一日一時間と育てられてきたし、 自分の子供がそんなんだったらゲーム機を全力で取り上げる勢い。スティーブ・ジョブズも子供にはスマホだのタブレットは持たせなかったそうです。←

そう、こんなのは仕事だから許されるんです。ゲームのお仕事をしてて個人的に唯一自慢できるのが「仕事中にゲームしてても怒られない。」です。だって仕事ですから。当然「ギャハーーッwww何このアレがナニでワロスwwwww」とか騒いでたら上司に怒られます。静かに淡々とお仕事をしている人もいるので、迷惑です。

一時期は寝ても覚めてもゲーム漬けな日々が嫌になってしまった時もありましたが、辛さの壁をいつしか抜けたのか、今は寝てる時以外はなんだかんだで頭の隅っこでゲームのこと、というかエンタメ?というか、「みんなで楽しめる物を作るぞ!」と、考えているような気がします。

僕は時々、自分が選んだお仕事のことをスポーツ選手に例えて、「自分はアスリートなんだ」と思うようにしています。プロなんですよね、お金もらってる以上は。プロでも二軍だったり三軍だったり、一軍の中でもスーパースターがいたりはしますが。プロのスポーツ選手って、それこそ練習や試合中だけじゃなく、食事や睡眠ですら、自分の仕事のために調整されてるんですよね。本当にプロだなー、と見てて思うんです。

当然そんなに極端な意識で僕はやっていませんが、「四六時中おもしろい物を探してる。」という意味では、ちゃんとプロ意識はあるのかなぁとか、この仕事を選んで本当に良かったなぁとか思っています。特にオチはないです。今年もいっぱいゲームを遊ぼう!

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