雑記

Lv.113 僕には出来なかった

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久々の更新で思い出話でも。


僕がゲームの仕事を始めて15年ぐらい経つ。今でこそこの仕事が楽しいし、自分なりに頑張れてるのかな、ぐらいには思っているけれど、今でもゲーム業界に入った頃の悔しい出来事を時々思い出す。


当時デザイナーで小さなソフトハウスに入社した僕は、既に開発の進んでいる新作タイトルのチームに配属になった。小さな会社だったから、背景でもアイテムでもモンスターでもUIでもなんでもかんでもやってた。


いかんせんプロジェクトの進みが悪かった。作っちゃ壊し、作っちゃ壊し、何度もそれの繰り返しで現場も疲れてたように思う。まだ業界経験が浅いなりに「企画がしっかりしてないのが原因だからだ」と思っていた。中身がつまらない、行き当たりばったり、ゲーム作りのセンスのかけらも無い奴が中心人物。


かと言ってデザイナーの身分で「プランナーのせいだ!」と言っているだけでは何も解決しないし、何よりクソカッコ悪いと思っていたから、上司に「俺、プランナーやります」と言ったのが企画職の最初だった。


自分で言うのもなんだが、僕がプランナーになる前よりもプロジェクト自体はだいぶマシになったと思っている。とは言え当時のディレクターやメインプランナーがポンコツだったので、相変わらず全体としては進みも悪く、やっぱり作っちゃ壊しだった。


そんなことを2年ぐらい続けていた時に、金を出しているパブリッシャーから「開発力はあっても企画力では信頼できない」と判断されたんだろう、当時ゲーム業界でも有名だった別の会社の人達が企画に参加することになった。


「あ、この会社は開発ができても企画はできないんだ。恐らく一生下請けなんだ。」と言うきっかけになったのもあり、僕はその会社を辞めた。僕が会社に入る前から始まっていて、辞めた後もしばらく続いていたそのプロジェクトは、足掛け4年かけてもローンチされること無く消えた。


今の僕は、困っているプロジェクトや会社さんに呼ばれることが多い。色んな原因でプロジェクトが進まなかったり、思うような結果を出せずにいるケースがほとんどだ。


昔の話を思い出すに、万一「僕が入っても解決出来なかった」なんてことになったら、あの時の自分とも、その当時有名だったインチキおじさんとも、使えないクソゴミ上司とも、何も変わらない、成長していないってことになる。


自分がプロとして仕事をする以上は「僕が入ったことで解決できた。ゲームが面白くなった。みんなにとって、とても良くなった。」と言ってもらわなければならない。


今しがた人様の会社にお邪魔してお仕事をしているが、誰が誰かなんてことはどうでも良くて、「今の自分がいたからこのプロジェクトは前に進んだ」と仲間に褒めてもらえるぐらいには、頑張ろうと思っている。


と、その当時のアホなおっさんどもに言ってやりたい。名前で仕事すんな。


この双子と
エロい三者通話がしたい。


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Lv.112 4コマ漫画的に考えれば大体のことはうまく行く。

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今日はブログというよりも、たまたま今日やった講座の備忘録。

ゲームのお仕事をやっていると「色んな問題」が起きます。ゲームがバグったり、スタッフがクオリティの低い物を納品してきたり、プロデューサーやディレクターが急な仕様変更をしたり、会社のキャッシュが焦げ付いたり。

エンタメのお仕事というのは、どれだけ会社としてのテイをなしても、どこかではギャンブル的な乱数も絡んでくるので、一生安定して売上を維持するのが難しいジャンルだと思います。

とは言え嵐のように降り掛かってくる問題を誰も解決しないと、本当に会社が潰れかねない。となると、やっぱり誰かがそれを解決しないといけない。そんな中で、最近色んなところで言っている話をなるべく簡単にまとめておきます。

◆課題には3種類ある
1・自分の課題
2・チームの課題
3・プロジェクトの課題

ここで注意したいのは、「問題」と「課題」は違う、ということです。面白いゲームを作っていて、運営していて、売上もいい感じ、チームの雰囲気も良い、自分もとても仕事をしやすい環境だし、給料にも満足。こういった場合は「問題は起きていない」と言えますが、このゲームをもっと面白くするには?チーム力をより強固にするには?自分がもっと経験やスキルアップするには?という目線からは「常に課題がある」と見るべきです。

その上で、上記「3種類の目線」から、色々な課題を考えてみる。絶対無いわけが無いので、しつこく探してみる。そうすることで、より良いプロジェクト、チーム、自分になるための「種」を見つけることが出来るようになります。

◆課題の起承転結
1・課題
2・原因
3・解決方法
4・行動


先ずは「1・課題」に気付かないことには、何も始まりません。自分の仕事、というか「作業」に没頭しているタイプの人は、こういった課題に気付きにくい人が多いので、わりかし早期に成長が止まってしまうタイプのように思います。ともあれ思いつく限りの課題を、前述の「自分、チーム、プロジェクト」という単位で、これでもかと見つけます。

次に「2・原因」が何なのか?を探ります。原因というのは必ずしも眼前の問題ではなく、もっと連鎖した奥深くに存在する場合もありますし、一つだけではなく複数存在するケースもあります。複数の場合でも、大きいものが一つ、小さいものが五つと言ったバランスの時もあれば、中ぐらいのものが三つ、というケースもあります。としにかくここでも「原因とされるもの」を、単に一つだけ適当に見つけるのではなく、思いつく限り数を出します。

そして「3・解決方法」です。まだ不慣れな人は「どうやって解決していいか分からないよ!」と、ここで止まってしまうケースがあるのですが、本当はあんまり難しく考える必要は無く、「どういう状態が理想か?」を考えればいいだけです。

例えば
「課題→お金が無い」「解決方法→お金がある状態になる」

ぐらいシンプルで良いです。そうすれば、バイトをするのか、毎月の浪費を減らすのか、お金持ちと友達になるのか、銀行強盗をするのか、と言ったように「理想の状態」に対して、色々とアイディアが浮かぶようになるからです。当然悪いことをしてはいけませんが。

やはり解決方法についても一種類だけ考えるよりは、それこそ課題や原因以上に、たくさんの方法を考えるべきだと思います。問題が起きた時に解決が苦手な人は、自分の狭い選択肢の中からしか選ぼうとしてないから、必然的に解決の精度が低かったり、解決そのものができなかったりするわけです。瓶底メガネってやつだと思います。もし自分の脳みそでは足りないと思ったのなら、人に相談するのも手です。

最後に「4・解決」です。これも実は大きく二つに分けられます。「自分で解決できること」と「自分では解決できないこと」です。自分でできることは、例えば担当している仕事を効率化するとか。毎日必ず勉強するとか、コツコツ貯金するとか、そういったことです。自分でできないことは、チームの勤怠が悪いとか、みんなの残業が多いとか、リーダーがいつもギリギリになって仕様を変更してくるとか。

で、そういったことでも解決方法はあります。
自分のこと → すぐに行動
自分ではないこと → すぐに相談

パターンとして二つ書いていますが、僕から言わせればどちらも「行動」です。1~3までで考えたことを、4で行動に移しているに過ぎません。1~4まで、全ての要素が大事なのですが、とりわけこの「行動」は、重要性が高いと言えます。それについては次の項目で。

◆体の部品で言うと
1・課題(頭)
2・原因(頭)
3・解決方法(頭)
4・行動(体)


4つの構成という観点から見た時に、漫画の起承転結に似ているようにも見えると思います。課題という立ち上がりが合って、それを原因というディテールでより展開していき、解決方法という「現状からの転換」を考え、行動という形で「現実世界に落とす」わけです。

ただ、これには違う見方もあります。
1~3までは「頭で考えていること」であり、4は「体で行ったこと」です。要するに、どんなに1~3で優れた課題、原因、解決方法を思いついたところで、まだそれは現実世界には存在していません。何故なら「まだ、ただ考えただけの状態」だからです。それだけでは、まだ誰の目にも見えないものなので、そこで4が大事になってきます。自分を根性があるとか賢いと思っているわりにアウトプットが少ない人は、大体この1~3だけやって満足している人が多いように思います。

◆行動しない人は何も考えていないのと同じ

結局は「行動という具現化」をしない限り、それが例えどれだけ高尚な思想だろうと、無いのと一緒なんです。好きな子がいても告白しなければ、好きじゃないのと同じ。偉くなりたいと思っていても、先輩や上司に仕事を通してアピールしなければ、偉くなりたくないのと同じ。お金が欲しいと思っていても、働きたくないなら、お金が欲しくないのと同じ。何においても、最終的に行動に勝るものは無いわけです。当然1~3をすっ飛ばして4をやられても、周りは迷惑をこうむるだけなのも気付くべきです。

世の中の凄い人や偉い人というのは、1~3の組み立てが優れていることは当然ながら、特にこの4の行動が優れているから、皆さんから見ても凄い人、偉い人に見えるんです。

◆それでも苦手な人は
1・とにかく紙に書く
2・とにかく言葉に落とす


いきなりやれと言われても出来ない人は、1~3をなんとなく頭の中で考えているから、いつまで経っても4に辿り着けない場合が多い気がします。そういった時は「一体どんなことで悩んでいるのか?」を、付箋なりノートなりにどんどん「言葉として書いていけば良い」と思います。

そうするだけでも「課題は10個あった」「よくよく見てみれば大きいのは2つで、他の8つはそこまで大したこと無い」ということに気付くはずです。それが分かれば、今度はそれを前述の流れで更に紙に書いていけば、一人でブレインストーミングもできます。

紙に書くのと同時に、それは一体どういうことなのかを「言葉に落とす」も行うことが必要です。例えば「チームの雰囲気が悪い」というだけでは、全然具体的ではありません。それをもっと正体がハッキリするような言葉に落としていかなければなりません。

・勤怠が悪い人が多い
・自分のやりたい方法以外は拒否するスタッフがいる
・毎日残業でみんな目が死んでいる
・プロデューサーがワンマンで人の話を聞いてくれない

こうやって具体的な言葉にすれば、それが自ずと課題になり、そこから原因→解決方法→行動というような流れの1コマ目になると思います。

今日はめんどいのでここまで。

この双子と重婚したい。

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Lv.111 ゲームが好きなら遊んでればいい。

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最近文字の苦手な僕が、めちゃめちゃ本を読んでいる。映画監督、声優、コピーライター、経営者、作家、漫画家、クリエイター、色々な人の書いた本。

なんでそんなに本を読むのか?端的に言えば「今のままの自分じゃダメな時期」が来たからだと考えています。そういうのが来る度に本の虫になる。

ゲームのお仕事を約15年。自分の会社も作った、専門学校の講師もやっている、本を2冊書いた。ゲームクリエイター志望者向けのイベント主催、ゲームイベントのスタッフ、弟子をとったりもした。

周りから見れば「すごいね」「頑張ってるね」となるかもしれない。だけれど当の本人にしたら、たまたま目の前にそういうことが起きたり、ふいに思いついたりして、「面白そうだからやってみるか。」と思っただけだったりする。単純に毎日が楽しいほうが良いに決まっているので。

それぞれに学びはたくさんあるし、今でも煮詰めるところは多分にあったりもする。とは言え何をするにも1回目のような新鮮さはないし、変に熟れてしまおうものなら「手癖」でやってしまうところが僕にはある。成長したという観点からは本来喜ぶべき部分もあるのかもしれない。とは言え僕の本心が「それじゃ全然面白くないでしょ。」と言ってくるので、そうなると嫌でも「次の新しいこと」を探さないといけない。平たく言えば飽き性。

で、そういう時に「自分のできること」「自分の知ってること」の範囲で物探しをしてしまうと、大体「一度来た道」に辿り着いてしまう。だって、自分の世界がその分の大きさしか無いのだから当たり前。それでは意味が無い。だからこそ「自分の知らないことを知っている人たち」から少しだけヒントをもらって、次の自分が行きたい場所を見つけるようにする。そのために本を読んでいる。

最近僕は色々な人と携わる機会がある。そんな中で1つ、似たようなことを言っている。

「とりあえず今の自分に無い物を1つ手に入れろ」
「それを覚えたらすぐに捨てて、次の1つを手に入れろ」
「自分というOSのバージョンアップを常に怠るな」
「考えるだけで行動出来ない奴は、何も考えていないのと同じだ」

自分としては仕事をする上でも生きる上でも大切だと思ってはいるものの、僕の表現の拙さもあってか、正直なところなかなか伝わっていないように見える。

僕の生徒にしてもそう、弟子にしてもそう、講座を受講してくれる人もそう。一緒に仕事をする仲間の中にすらそういう人がいる。とは言え僕の仕事のうちの一つに「伝える」がある以上は、こっちが先に折れるわけにはいかない。伝わらない理由を自分なりに考えてみる。

特に仕事においては、大体以下の2つに別れる。

1・自分が可愛いから
2・本気じゃないから

1つ目、何か僕が技術や知識や目線について伝えた時、本人は一見理解したような態度を示す。でもしばらくして様子を見ると、何も変わっていない。前と同じことを延々とやっている。それを指摘しようもんなら「でもこれが」「分かってはいるけど」「分かりました」と返してくるのだけれど、どの言葉の裏にも「僕はそのやり方が好きではない、得意ではないので、僕のやり方でやらせてください。」と書いてある。それじゃなんで僕に教えを請うのか?

大体にして君のやり方じゃダメだから、そして本人もその自覚があったからわざわざ僕に訊いてきたのじゃないか?と。無論僕の考え方ややり方が全てに対して必ず最適解になるとは言わない。とは言え今の君のやり方で正解に辿り着くことは無いと分かっている以上は、単に楽して答えを得ようという浅はかな考えだったのではと言わざるを得ない。

僕には弟子が3人いる。
1人は「言わなくても勝手に突っ走ってくやつ」、もう1人は「言ったことの必要不必要を自分の尺度で勝手に決めてしまうやつ」そしてもう1人は「言ってもすぐに忘れてまた勝手に自分の手癖に戻るやつ」

シンプルにどいつもこいつも全然教えがいが無い。「教える」という考えかた自体が驕っている気もするけれど、少なくとも僕の持ってる知識や技術は全部、いつでもいくらでも無料で持っていけというのがスタンスなのにも関わらず、誰も取りに来ない。素直に言えば第一期の3人は、全員弟子と呼べるほどでは無いと思う。いつか僕を超える気が全然しないからだ。

そのうちの1人は「いつか大久保さんが一緒に仕事をしたいと思ってもらえるように頑張ります」と言ってくれた。言葉としては素直に嬉しいんだけど、その時には僕が更にもっと向こう側に行っているから、厳しいことを言うようだけど恐らくそれは実現しないと思う。

まだ3人とも若いというのもあるし、僕が伝える側として不足していることがあるにしろ、本質的には「自分が可愛いから、他人の言葉など受け入れる気が無い」と思えてしまう。そういったことが弟子に限らず、生徒にしても仲間にしてもよく起きる。

自分が可愛いと思ってるうちは絶対に成長なんかしない。だって成長ってのは「昨日の自分を否定すること」なのだから。自己肯定、自己愛が強い人間は成長しない。

もう1つ目の「本気じゃないから」。むしろ個人的にはこっちのほうがたちが悪い。ゲームの仕事は傍から見れば華やかに見えるかもしれない。でもそんなものは全体のごく一部で、地味で楽しくもないことが殆どだ。そういった「つまらないけれど大切なこと」が積み重なるからこそ、最終的にユーザーが触れる「面白いゲーム」になる。

それなのに華やかな仕事だと勘違いをしている人が「外」にいるのはまだ分かる。だって箱の中身を知らないのだから。これが「中」にいるとなると、場合によっては目も当てられないし、ともすれば阻害要因にすらなり得る。

本気じゃないとはどういうことか。

・昔からゲームが好きだから、面白そうと思った
・物を作るのが好きだから、自分に向いていると思った
・専門学校で学んでいるから、ゲーム業界に入れる
・最近のゲームは面白くない、自分のほうが面白いゲームが考えられる
・ゲームに育てられたので、自分もゲームクリエイターになって感動を届けたい

素直に言えば若い頃の自分にも、少なからずそういった感情はあった。ただ、今の自分からすればどれ一つとっても「本気」とは言い難い。と言うよりも、その程度の気持ちで半ばゲーム業界に紛れ込もうものなら、ただ苦しむか、果てに逃げるぐらいしか道は無いと思っている。実際にそういった人間を今まで何人も何人も見てきた。

ゲームが好きならずっとプレイヤーでいればいい。物を作るのが好きならわざわざ仕事になんかせず、趣味でやればいい。専門学校の講師は誰一人として君の就職を保証なんかしてくれない、学費を収めてくれさえすれば優良顧客なのだから。最近のゲームが面白くないなら他の趣味を探せばいい。ゲームに育てられたと思うのなら、今後もお金を払ってゲーム業界に恩返ししてくれればいい。

一見ぜんぶ素直な動機に見えて「ゲームで本気で飯を食う」という観点で見れば、全然ずれていることに早く気付くべきだと。

冒頭のたくさん本を読んでいる~の中で、人生の先輩方は僕と同じことを言っている。アニメが好きでアニメーターになるな。声優が好きで声優になるな。映画が好きで監督になろうとするな。漫画が好きで漫画家になるな。頭のいい奴は、その言葉をすぐに理解出来るはずだ。僕から言わせてもらえば、ゲームが好きでゲームクリエイターにはならないほうがいい。というか、ならないでほしい。

本気ってのはとりわけ、気狂いするほどしつこくないと出来ない。そのためには食べたくないものも食べる根性が無いと出来ない。必要なら相手とケンカもしなければいけない。周りにどう言われようが「それで生きていく」っていう覚悟が無いと出来ない。昨日の自分を常に否定し続けないといけない。そのためには自分が可愛いだなんてくだらない感情はサッサと捨てないといけない。

そういうことが出来てようやく、足りてるか足りてないかの世界なんだと思う。

僕が今までゲームのお仕事をしてきて、何千人って人と携わってきた。でも僕の目線でそういった「本気の人」は多分、手足の指で数えるぐらいしか、まだ出逢えていない。

最後に矛盾するようなことを言うけれど、僕だって次の世代に道や場所を用意してあげたいという気持ちは常にある。だけれど、今後もその椅子を「本気の奴」意外に渡す気は1ミリも無い。そんなことをしたら、それこそ世の中につまらないゲームしか出なくなってしまう。

この双子と夏祭りで恋の射的がしたい。

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Lv.108 憂いてる暇も無いんだけど。

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iTunesでレディー・ガガのアルバムをセールでまとめて買う。1枚500円、4枚でも2,000円。安いっっ!!!



元々、海外のアルバムは大体日本の半額で買える。と言うか、日本のアルバムが2倍の価格と言うか。

前にもなんかの話で言ったけど、こういったエンタメ系においては、英語圏のほうが遥かに良心的な値段だ。

たとえば映画とかDVDなんかも、日本のほうが断然高い。ゲームソフトやハードだけは大体どこの国もおんなじ。(なんでや)

そういった価格差には色んな理由はあるんだけど、その中でも一番大きいのは言葉の違いによるシェアなのは間違い無い。

日本語が話せる人が1〜2億人だったとして、英語は世界人口の25%とか言われていたりする。

実際、音楽の場合フランスでもイタリアでもロシアでも、売れたいと思ったら全編英語詞にするのが当たり前だったりする。この前ピコ太郎が世界的にヒットしたのも、内容の面白さに加えて"英語だったこと"が、やっぱり大きな要因だったりする。

でも日本のヒットチャートの大半は日本語、そりゃあ少ない人数に対して商売するのだから、どうしても単価を上げざるを得ない。そんな中で更にA◯B商法みたいに、一人に何枚も買ってもらうっていう、ある意味極めて特殊なマーケットが日本では作られている。ソーシャルゲームのガチャなんかも、いわゆる高ARPPU型の商売構造なのだから、似ている。

中には日本のアーティストでも英語でアルバム作ったり、海外でデビューしたり、そういう人もいる。(宇多田ヒカルとか、ワンオクとか、マンウィズとか)

実際のところ、現状では「はいはい、アジア人が英語でアルバムね、うんうん、頑張ったね」みたいな感じの反応も少なくない。それはそれで世界の偏見でもあるし、アジア人がまだ世界マーケットを開けてない事実だったりもする。

とは言え個人的には、そういった世界市場を見た動きを、音楽に限らずドンドンやるべきたと思う。と言うか、むしろみんなでやって「当たり前」まで昇華させないととさえ思っている。

端的に言えば、日本は今後少子化の加速とか人口の減少とかが既定路線で、エンタメに限らず色んなことが差し迫っている。

そんな中で今後も日本産の大衆芸が生き残るためには、「日本人による日本のための」って考え方はもう捨てるべきで、「世界の誰でも面白いと思うもの」っていう、ある意味でマジックワードなんだけど、そこに向かって必要なことをしていかなければいけない。

念のために言うと、「英語圏に迎合しろ」ってことではなく、あくまで「良いもの、面白いものを世界にぶん投げる」って言う根本的思想が大事なんだとおもいす。

僕も今後は「歌舞伎」じゃなくて、「KABUKI」で行きたいな、と。

この双子と一緒にツイスターゲームやりたい。

Lv.106 それだけは言うなよな〜。

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僕がこの仕事を始めてから、なんやかんやで15年ぐらい経つ。当時はPS2の3Dグラフィックを作ったり、UIなんかをやっていた。

その頃の自分が今の僕を見たら、想像してたのと全然違うじゃん!って言う気もするし、なんだ結構頑張ってんじゃん!とも言いそう。知らんけど。

コンシューマ機の隆盛からPCのオンラインゲームが流行って、ガラケーでソシャゲが流行って、今だとスマホのゲームが主流だったりする。

当然そういったプラットフォームの流行り廃りがあるってことは、裏側で作ってる人達もそれに合わせる形で色んな人達がいるわけで。

家庭用ゲーム機が主流だったころは、端的に言えば「面白いゲームが作りたい!」って情熱があって、職人気質な人ばかりだった。悪く言えばワガママなバカ、クソガキ、キチガイが多くて、何か一つ決めるにもグシャグシャな連中だったし、例に漏れずそ僕もその中の一人だった。

で、PCのオンゲやらソシャゲやらが流行った頃の裏側の人達は、厳しい言い方をすれば「コンソール業界に求められなくて、でも諦められなくて漂流してきた人達」ってのも、何割かいたと思う。面白いうんぬんよりも、KPIが〜数字が〜ってのを求められて、「ほんとはこんなことしたくないのに……。」って感じでどんどん目も心も死んでった人もいた。

それから更に時間が経って、今度はスマホのゲーム。やっぱり相変わらずKPI分析の重要性はあって、そんな中でリッチコンテンツとしての面白さ、目新しさも求められるようになった。そういったゲームが当たり前になってきた頃からゲーム業界に入ってきた人は、遠慮無く言うと「大人しいオペレーター」が随分増えたのかな、と思う。お店を淡々と運営することは出来るんだけど、「お店をもっと良くしたい!」「お客さんをワクワクさせたい!」って言う熱量が殆ど感じられない。

今時のゲーム業界は、僕みたいな純粋なゲーム畑の人もいれば、全然違う畑出身の人もいる。

例えばゲームではないけれど、業務用のシステムエンジニアだった、とかはわりかし分かりやすいかもしれない。他にも営業でした、イーコマースやってました、パン屋でした、パソコン売ってました、建築現場にいました、アイドルコンテンツやってました、旅人でした、歌い手でした。色々。

個人的にはそういった経歴の多様性があること自体は、単純に面白いと思うので、とても歓迎したいと考えている。

ただ、そんな中で特に僕が違和感を拭えない「たった一言」がある。

「ゲームしないんですよね。」
「ゲームには興味無いんですよね。」
「ゲーム、嫌いなんですよね。」

ここらへんの類。

さっき言った通り、今の業界には色んな人がいるから、そりゃそういう人もいるでしょう。

でもね、完全なる私見で言わせてもらえば、そのセリフを言うことで「何か意味あるの?」と。

それを言うとカッコいいの?なにそれ、カッコ付けてんの?それとも何かあったら言い訳できるように、予防線張ってんの?それともバカみたいに額面通り受け止めればいいの?

ってなるわけです。

その上で僕は、いや、俺は敢えて言おう。たとえ本人なりのどんな意図があろうと、その業界に身を置いて飯を食べさへてもらってるのなら、少なくとも俺の前ではその言葉を二度と言うなよ、と。

むしろ同じセリフを、ユーザーの前で堂々と言ってみろ、と。

ゲームに興味が無いってのは、ユーザーに興味が無いってのと同義だ。ユーザーに興味が無いってのは、他人に興味が無いってことと同じだ。

そんな奴がワクワクなんて作るとこは出来ないし、個人の手慰み以上の力を得ることなんて無理だ。

少し手先が器用で、業界に紛れ込んじゃいました。そんな程度でゲームの仕事をしてほしくない。

んーとね、言い方が悪かった。例えば「パン屋がパンに興味無い。」「ミュージシャンが音楽に興味無い。」「映画監督が、映画俳優が、映画に興味無い。」「芸人がお笑いに興味無い。」「サッカー選手がサッカーに興味無い。」

ね?どう考えたって違和感あると思うの。

そりゃ吉牛で働いてる人が牛丼に興味あるかって言われたら、知らんよ。バイトだったら興味あるのは金だろうよ。賄いだろうよ。

でもさ、ゲーム業界って稀なケースを除いて、自分でわざわざ選ばないと働かない場所なはずなんだから、まさか金のためですよってなるのは不自然なんだわ。

だったら経歴や本人の趣味嗜好が色々あるのはいいとしても、「興味無い、好きじゃない」なんて、一緒に頑張ってる仲間に対して言うべきではないんだわ。それな、なーんの意味も無いから!

そんな程度の熱量でユーザーをワクワクさせられるわけねーだろバーカ!ウンコウンコ!!!

どんなに時代が変わっても、プラットフォームが変わっても、大事なのは「ユーザーをワクワクさせたい」って言う気持ちと、作り手の熱量なんです。

この双子に挟まれて圧死したい。

Lv.104 ゲームイベントに行こうよ。

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2016年初ブログ。去年の目標が「年内にブログ100回書く」で実現したので、今年はあんまりブログは更新しないかもです。

さてさて、僕の今年のテーマがいくつかあって、そのうちの1つに「ゲームイベントにたくさん行く。」というのがあります。目的は色々あって、イベントっていうリアル空間を学びたいということや、ゲームの作り手として「ユーザーがどんな顔でゲームを楽しんでいるのか」を知りたい、あとはキャンギャルのおねーさんをVR以上に立体で見たい、ガン見したいというのがあります。

僕自身も、ゲームプランナー志望者向けのイベントを主催していたり、今お邪魔している会社では格ゲー部の部長ということもあって、社内レクリエーションの一環で格ゲー大会を運営していたり、他社格ゲー大会の段取りをしていたりします。 

ゲームを使ったイベントというのは好きもの同士が集まるので、知り合いじゃなくてもすぐに仲良くなれるというのが、僕は大好きです。以前のブログでも書いたように、ゲームは最高のコミュニケーショントリガーだと思っています。というわけで、つい最近主催、参加したイベント。今後自分が参加予定のイベントについて書きまとめるので、もし興味のある方がいたら、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。 

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ゲームプランナー就職クエスト3!!~そして面接へ~
僕が主催で一年ほど前から行っている半定期イベントです。学生や別業種の人達に向けて、「ゲームプランナーってこんな仕事だよ。」「ゲーム業界人との交流」「参加費無料」 をポリシーにやっています。 

今回は僕以外にも、株式会社マイネットさんから若手プランナーチーム4名と、スマホ向けゲーム「リバースドライブ」のディレクター篠田さん、モバイルファクトリーさんから「駅メモ!」のプロデューサー金田さん、そして株式会社ファンタジスタの代表である柳澤さんに登壇いただきました。

若手4名からは、様々な視点でプランナーの仕事を紹介してもらい、篠田さんにはディレクターというお仕事の大事さや、業界のトレンドを理解する大切さ。金田さんからは「チームワーク」の重要性を、そして柳澤さんからは「プランナー、ディレクター、プロデューサーで変わってくる頑張りどころ」について、語っていただきました。

個人的にすごく嬉しかったのは、仙台の専門学校から4人も遊びに来てくれたことでした!話しを訊いてみると、仙台でゲーム講師をやられている方から教わり、日帰りでバスに乗ってきたそうです。根性ありすぎやろ。仙台は僕の故郷でもあるので、ぜひ彼等には今後も頑張ってほしいと思いますし、僕からも少しだけメッセージということで「サッサと東京来い。」と伝えました。

他にも1回目からずっと参加してくれてる子がいたり、僕の弟子3人が勢揃いしたり、昔働いていた会社の同僚が遊びに来てくれたり、個人的にも色々と楽しめた素敵なイベントになりました。4月には初の北海道で開催!もちろん東京で今後も定期的に開催予定なので、ぜひ一度遊びに来てください!

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TOKYO OFFLINE PARTY vol.1
日本初のプロゲーマー夫婦、ももちさんとチョコさんによる、格ゲーコミュニケーションイベント!実は昨年第0回というのがあって、一体どんなイベントなのか興味があったので、そちらにもお邪魔してきました。そして今回の第一回は、ほんの少しだけボランディアスタッフということで参加してきました。

イベントの大きな主旨として、「格闘ゲームでコミュニケーション」 「苦手も大丈夫!みんなで楽しめるよ!」というのがあります。僕自身格闘ゲームが好きなのですが、周りに「格ゲーは難しいから苦手……」という人がたくさんいることも知っています。

当然必殺技を覚えたり、相手との勝負に勝ったりするためにはそれなりの練習が必要なのは事実ですが、単純に「ゲームを使った”人対人”のコミュニケーション」と考えれば、たとえヘタクソでも楽しめるステキなジャンルだと思っています。

そういった格闘ゲームの良さを初心者でも楽しめるように、本当に色々な工夫を重ねて開催されているのがこのイベントだと思います。猛者ばかりのガチな雰囲気というよりも、本当に和やかな雰囲気のイベントなので、僕は大好きです。次回も楽しみ!

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ニコニコ闘会議
毎年春に開催されているサブカルチャーとモンスターイベント「ニコニコ超会議」から数年前に独立し、ゲームに特化した催しを中心に開催されているイベントです。僕の目当ては格闘ゲームコーナーでしたが、色々なブースを見て周りました。

このイベントの大きな特徴として、来場者が楽しめるブースがたくさんあるのはもちろんのこと、各ブースを「ニコニコ動画」で生配信していることです。そうすることで、実際に来場している人数よりも遥かにたくさんの人が参加できます。遠方で会場に足を運べないよ!という人でも気軽に楽しめるというのは、本当に今の時代にマッチしていると思います。

ちょっとした発見があったのは、僕がイメージしていたよりも来場者の年齢層が若かったこと。本当に中高生や、親御さんと一緒に楽しんでいる子どもたちがいて、「ニコニコ→サブカル→成人ヲタ」という僕の妄想を取っ払ってくれました。

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JAPAN AMUSEMENT EXPO
毎年夏に開催されている日本最大級のゲームイベント「東京ゲームショウ(TGS)」が様々なプラットフォームのゲームを展開するのに対し、こちらのイベントはアミューズメントに特化したゲームイベントというのが大きな特徴です。「アミューズメント=ゲームセンターとか、テーマパーク施設」ということもあって、個性的なゲーム筐体やプライズ系のブースがたくさんありました。

そしてこちらでも超会議やTGSのように、人気のアーケードゲームを使ったイベントや大会などが開催されており、たくさんのファンがブースで盛り上がっていました。

最近ではゲームセンターの数が激減しているなどの悲しいニュースもあります。スマホで手軽に遊べるものや、家庭用ゲーム機で一人でじっくり楽しむようなゲームもありますが、個人的にはゲームセンターのように「人が集まる場所」「コミュニケーションが楽しめる場所」でのゲームの楽しさが本当に好きなので、こういったものが今後もたくさんのゲームファンに愛されることを願っています。

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オマケで、今年これから僕が行く予定のイベントを紹介しておくので、もし興味がわくものがあったら、ぜひ行ってみてくださいね。!(๑•̀ㅂ•́)و✧ 

ゲームプランナー就職クエスト4!!~選ばれし職業~
・ゲームプランナーを目指す人達の就職応援イベント
・2016/3/25(金)
・北海道札幌市「株式インディテール」
・参加費無料

GAME ON
・ゲームの過去から未来を体感できるゲームの大展覧会
・2016/3/2(水)~5/30(月)
・東京お台場「日本化学未来館」
・入場料 650円~1500円

ピクサー展
・CG映画の雄、ピクサー30年の歴史と貴重なアートワークを体験できる
・2016/3/5(土)~5/29(日)
・東京都現代美術館
・入場料 500円~1500円

ウメハラ杯~コスプレ限定大会~
・格闘ゲームの伝説、梅原大吾が主催する格闘ゲームイベント
・2016/4/16(土) 11:00~
※参加応募は終了しています。当日はウメハラの格闘ゲーム生配信番組「Daigo the BeasTV」にて生配信があると思われます。

Tokyo Offline Party 2
・日本発のプロゲーマー夫婦、ももち&チョコのほっこり系格闘ゲームイベント
・2016/5/3(火・祝) 11:00~
・東京 世田谷区「三茶しゃれなあどホール(オリオンホール)」
※参加費は無料。お友達と参加もOK。定員になり次第応募が締め切られます。

ニコニコ超会議
・日本のサブカルチャー全てを体感、配信する巨大イベント
・2016/4/29(金)~4/30(土)
・千葉「幕張メッセ」
・入場料 1500円~2500円

東京ゲームショウ
・日本最大の総合ゲームイベント
・2016/9/17(土)~9/18(日)※一般公開日
・千葉「幕張メッセ」
・入場料 未定(※多分1000~1200円ぐらい)

Lv.103 勝ち負けのその先。

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久しぶりの書き込み。またどちらかというと雑念系です。 

ここ半年ぐらい僕はすっかり格闘ゲームにハマっています。前から好きだったんだけど、特に今年は今まででも一番ぐらいに遊んでいます。

きっかけは今お邪魔している会社で休憩時間にみんなでゲームを遊びたいと思い、家で眠ってたゲーム機とソフトが勿体無いからと、会社に持っていったことでした。それから格ゲー好きがちょいちょい集まり出して、他愛も無い時間を過ごすようになりました。

そんな中でニコ動のドワンゴさんが主催する、第一回企業対抗格ゲー大会の記事を見かけ、「どうせだったらこういうイベントにみんなで出るのも面白そうだな、ゲーム会社なんだし。会社の宣伝もできるし。」そんな、なんとなくな感じで続けていきました。

元々下手の横好きだったのもあって、いざ大会に出場するものの何も出来ないぐらいにボコボコにされました。だけどその時に感じたのは「あぁ、こういうイベントって、すごい面白いな。」ということでした。同じゲームを好きな人が同じ場所に集まって、勝ったり負けたり、一喜一憂する。そういった空間自体がすごく魅力的に感じました。

そんなことがきっかけで、僕の中の格ゲー熱というか、そこにまつわる色んな事柄に少しずつ興味を持ち始めます。

先ずは単純に、もう少し格ゲーが上手くないたいと思ったこと。おかげ様で大会以来ほとんど毎日、会社や家で遊んでいます。人として大丈夫かと思うぐらいに。挙句の果てには会社のレクリエーションとして社内格闘ゲーム大会を主催、当日は3人1組で9チーム、27人もの人が参加してくれました。

最初は3~4人で適当に遊んでいた集まりも、気が付いたら17人の立派な社内サークルに。今は、来年の他の会社と対抗戦をやるための選抜メンバーを決めるための、社内リーグが開催中だったりします。会社の集まりに限らず、ゲームをきっかけにこういった色んな人同士のコミュニティが広がっていったら、今よりももっとゲームの魅力が生きるのかなと、日々感じています。

それ以外にも僕は格ゲー(というかULTRA STREET FIGHTER IV限定なんだけど)にまつわる物に対し、だいぶこじらせてしまったようで、この半年だけでも格闘ゲームのイベントや大会をアホほど観たり、格ゲー関連の書籍や漫画、サントラを買いあさってみたり、プロゲーマーのかたとも沢山お会いする機会があったりと、気が付けば毎日何かしらの形で格ゲーに携わるようになっていました。 

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格ゲーの大きな魅力の一つに「自分が頑張った分だけ強くなる。」というのがあります。技を覚えたり、コンボを練習したり、色んなキャラクターと戦って攻略法を考えてみたり。コツコツやってれば少しずつ上手くなるので、それが純粋に嬉しいなと思うと同時に、他のゲームに比べてもゲームデザインがシンプルかつ奥深いもので、何度やっても毎回新しい発見があります。そういった「掘っても掘ってもまだ何かが出てきそうなところ」が、僕にとっては飽きもせずにワクワクするのかもしれません。

とは言えさすがに毎日やっていると、飽きというよりも「壁」を感じるようになってきます。いくら練習しても難しい連続技があったり、ネット対戦などでなかなか勝てなくなってきた時です。もっと上手くなりたい、負けたくないと思うと、それに合わせて更にたくさんゲームを遊ぶわけですが、かと言って体感的に「上手くなってる、強くなってる。」と感じにくい時期に差し掛かります。

そうなってしまうと、グルグルと色々なことを考え始める。「いつもはこうするけど、こうしたらいいのかな。」「でもそれじゃ相手にカウンター食らってボコボコにされるよな……」「むしろ相手が怖くて動きが悪くなってるかもしれない……」「ここから先は俺の腕では無理かな……」「一回、ゼロから練習しなおした方がいいのかな……」「もしかして俺には格ゲーのセンスが無いかもしれない……」

こんな感じで。そうすると、なんとなく苦しんでゲームをやっているような窮屈ささえも感じるようになってきます。

でも最近、「この考え方自体が良くないんだ」ということに気が付きました。というよりも、「本来は別々のものを一緒くたに考えていること」に気付き、それじゃいつまで経っても考えがまとまるわけが無いんだと。

端的に言うと「勝つこと」「負けないこと」「強くなること」は全然別のものだということです。話が格闘ゲームなので分かりづらい人もいるかもしれませんが、意外とゲームに限らず日々の色々なところで共通することが多いように思います。

先ず、「勝つ」ということは、本来「勝つべき要素がキッチリ揃っている状態」を指しています。目の前の勝負やルール、相手を充分理解し、それに対して完璧に近しい準備をしっかり備えてこその勝利というわけです。なので偶然とか、たまたま運良く勝ったというだけでは、本来の自分の実力とは関係の無い要素も多分に絡んでいるので、本質的には勝ったとは言い難い状態です。偶然で勝つということはつまり、次回も同じやり方でやったところで、勝つ保証など無いからです。例えるならば、宝くじのようなものかもしれません。

それに対して「負けないこと」というのは、一見理屈上は「勝つこと」に同じだと思いがちですが、本質的には全然違います。例えばネットで他のプレイヤーと対戦をする場合、当然ながら自分よりも強い人もいれば、弱い人もいます。そんな中でわざと自分が勝てるような相手ばかりと対戦していれば、当然ながら「見かけ上の成績」はどんどん上がっていきます。かと言って、そんなやりかたで積み上げたものはとても脆いもので、いざ強い相手と戦わなければいけない時に自分の弱さを露呈してしまうのは、火を見るより明らかです。

また、自分の中に「これをやっておけば負けない」というパターンを作ってしまうことも、ともすれば同じことです。勝ちパターンを見つけるという点では一見強固な論法にも見えますが、仮にそれでは対応できない状況が生まれた場合には、簡単に壊れてしまう状況を自ら生み出していることになるので、同様の脆さがあります。守りに入っているという言い方もできるかもしれません。勝てる相手としか戦わないのだから。

かたや「強くなること」というのは、本来「目先の勝ち負けとは無関係」です。強くなる=「今の自分に足りないことを見つける力」だと考えるならば、例え試合に勝ったとしても「何かしらの発見」が無ければ無意味ですし、たとえ負けたとしても「そこから学びがあれば良い」ということになります。逆に言えば、単純に眼前の結果で「勝った!」「また負けた!」と一喜一憂するだけで、「何故勝てたのか?何故負けたのか?」という「自身の脳内化学」を放棄している限り、恐らく成長は止まってしまいます。

僕が遊んでいるウル4という格闘ゲームは、ネットに繋ぐことでオンライン上で他のユーザーと対戦をすることができます。勝負に勝つことで勝利ポイントが貰え、それが少しず貯まっていくことで、プレイヤーとしての実力を測るためのランクが表示されるようになります。負けた場合はポイントが下がってしまうため、勝ったり負けたりしていると、あるタイミングを境に、なかなか自分のランクが上がりにくくなります。

最初の頃は少しずつランクが上がることが楽しいし、それがゲームをプレイするためのモチベーションにもなるのですが、ポイントが上がりにくくなると、前述の「負けないこと」を無意識に意識し始めるようになります。これがとても良くない。自分の持っている物だけで守りに入ろうとするものだから、結局は成長が止まったままなので、当然なかなか勝てなくなります。

要するに、先ずは自分の頭の中にあるものがどれか?ということを気付きさえすれば、自ずとやるべきことがはっきりするわけです。僕は最初、勝ちたい、負けたくない、と思っていましたが、今は「強くなりたい」というのが明確です。それもあってか勝敗でポイントが上がっても下がっても全然気にしなくなりました。それ以来、相手と戦っている時にあれこれと色々なことを試してみて、何か一つでも小さな発見をできた時の喜びのほうが大きくなりました。

要領の良い人のようにサクサクと物事を進めるようには行きませんが、例え小さくても日々新しい発見があれば、少しずつゲームも上手くなると思って今は頑張っています。そして何より、勝ち負けに拘らず「楽しむこと」こそが、ゲームに限らず仕事でのなんでも、あらゆることにおいて、必要不可欠なんだと思います。

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Lv.102 雑記~2015冬~

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まとめられるような内容も最近は無いので、ここ最近の僕を備忘がてらに。

いっぱい話す
ここ最近、毎日毎日いろんな人と話します。お邪魔している会社の中だけでも、代表のかた、幹部のかた、人事、別プロジェクトのプロデューサーディレクター、若手プランナー、他にもたくさん。その最中も知り合いの会社に連絡したり、自分が受けているまた別の仕事先のかたに連絡したり、自分とこのサービスの発注先とも。

最近は一日何人と話しているか、自分でも分かりません。かと言って忙しいわけでもなく、分単位、時間になったら、隙間ができたら(というか作って)と言った形でやっているので、頭の中はストリーミング気味ではあるものの、物理的な大変さは感じません。

実は半分意図的にやっていて、色んな人と同じ目線で話しが出来る力というのは、プランナーにとっては必要不可欠じゃないかと思います。多分他のブログでも書いたと思うけど。同じチームの人とは話せる、仲の良い同僚とは話せる、という程度だと、まだ一人前のプランナーになるといった観点からはコミュニケーション能力が不足しているんじゃないかと思います。 

仕事ってそんな
まだ今年も一ヶ月ぐらいありますが、自身も会社を立ち上げたこともあり、仕事に関しては去年ともまた違った、色々なことがありました。今お邪魔している会社さんでは自身、毎日勉強になっているし、自分の会社でも来年に向けて色々な準備をしています。当然仕事なので良いことだけでもなく、半年以上も仕事を頼んでおいてお金を払わなかった会社さん、仕事を頼んでいたけど道半ばで頓挫した会社さん、いつまで待っても連絡をよこさない会社さん、打ち合わせの10分前になってドタキャンしてきやがったとある会社のクソ社長、色んな人に会いました。

こういうことに関して僕自身は「よくあること。」ぐらいに思っているので、それでこっちが文句を言ったり、計画が狂いまくって収支がおかしくなるなんてことはありませんが、自身も経営者の卵として、反面教師にしていきたいなぁと思う次第です。

若手の育成
今は二箇所で若手プランナーの育成をやっています。1こはゲームの専門学校、もう1こは、今お邪魔している会社さんの新人プランナー向けに。学校のクラスは実はプログラマーのクラスなのですが、いざ職業にする際にほかの職業に対する理解も深めていたほうが良いという観点で、プランナーとしての授業を僕が受け持っています。ちょうどこの前「スマホの面白いゲームを考える」という授業で生徒達の発表プレゼンテーションがあったんだけど、こちらが想像していた以上に、ゲームの内容もプレゼンテーション自体も良かったです。

この授業は1回目なので、この後二周目、三周目が続きます。一応意図はあって、一回目の反省点を生かせれば、どう考えても次のほうがより良い企画、書類、プレゼンができる。そうなれば、下手な話就活の時にプランナーを志望しても大丈夫。なんなら3回とも良い企画書が作れれば、ポートフォリオに使えちゃう。そんな目論見でやっています。生徒達の成長が楽しみです。

かたやお邪魔している会社の新人プランナー。彼らは学生と違ってすでにお仕事でゲーム制作の現場にいる分、当然ながら経験では圧倒的にプロな状態です。とはいえゲームという、ある意味複雑な構造のサービスをやるという点では、まだまだ経験はこれからですし、言い換えれば伸びしろだらけの時期です。

以前話した秘密結社の第一回目が先週行われ、これから毎週少人数制で行う予定です。ちなみに一回目の内容は「1・僕の考えたサービスに、プラスワンのアイディアを考える。」「2・一万円をもらって、一ヶ月以内にそれを自由な方法で増やす」というものでした。各セッション30分。この秘密結社では、ただの「聞くだけ勉強会」ではなく、「お題に対して自分なりの解を”時間制限付き”で生み出す。」というのが主眼です。

プランナーというのは企画書や仕様書やスケジュール、データ作成という「ワーク」の部分が目立つこともありますが、本質は「楽しいを作る」ということです。そして、それのためには「面白いとはなんぞや?」という「答えを作る力、生み出す力」が必要不可欠です。

作業に熟れてしまうと、こういった「本当の意味で使うべき脳みそ」が休んでいるケースもあり、そういった場合は若手の伸びしろを奪う危険性もはらんでいます。そうならないためにも、手を変え品を変えつつも、「答えの無い答えを”自分で” 考えれる力」を、半年ないし一年かけて培っていけたらと思います。

自社サービス
来年一月に向けてコソコソ準備中です。一緒に作り上げている仲間もいて、日々良いものになっている実感もあります。立ち上げ間もない僕の会社ではありますが、僕にしか出来ないこと、僕の会社だからやる意味を念頭に、来年の起爆剤の一つにしていきたいと思います。 

遊び
相変わらず格ゲーやっています。そりゃもう毎日毎日。単純に楽しいからやっているというのもあるけど、僕には小さな目標があります。来年の春に開催される、チャリティー格闘ゲームイベントに出る、というのを目指しています。こういったイベント、それこそ「ゲームのチカラって、こんなことも出来るんだ。」という素敵なことだと思っています。そこに楽しみつつも参加できるよう、更に半年ぐらいは修行の日々が続きます。他にも会社対抗のお誘いいただいてたり、昔の同僚と忘年格ゲー大会の予定もあったり、ワクワク。

大体今日はこんなところで~( :3 )< 

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Lv.100 ゲームのチカラ

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前回のブログでも書いたとおり、10月19日に自分のゲーム会社「ゲームのチカラLLC」を立ち上げました。 一応自分の会社について、少しは書いておこうかなーと。

会社員勤めを辞めて、ここ何年かフリーランスで色々な会社さんにお邪魔していました。そんな中で、なーんとなく「うーん、もうそろそろかなぁ。」と思ったとか、「少し稼ぎも上がってきたから、フリーランスでやるよりも税金お得だよね」とか、そういう細かい理由もあったんだけど、特にここ一年ぐらいで色んな経験をさせてもらって、ようやく自分の中にやってみたいことがポツポツと生まれてきました。

先ずはシンプルに言うと、「自分なりの方法でゲーム業界を盛り上げたい。」ということ。これは新作ゲームを作ってユーザーをワクワクさせることもそうですし、ゲームそのものに限らず、ゲームメディアやゲームイベント、ゲーセン、ゲームショップ、それらを盛り上げてくれるクリエイター以外の人たち(ハードウェア屋さんとか、ゲーセンの店員さんとか、プロゲーマーさんとか、コンパニオンさんとか)と、もっとゲームの素晴らしさを一緒に広げていけるような、きっかけ作りをしていきたいと考えています。今で言うと自著だったり専門学校の講師だったりで、未来のクリエイター候補を応援することも、そういう考えの元でいます。

そうは言ってもまだ立ち上げたばかりの会社なので、先ずは人様の会社にお仕事をいただきつつ、少しずつ体力を付けていく中で、動ける幅やスピード感をアップしていきたいなと考えています。運良く一緒にやってくれる仲間も見つかったことで、やりたいことのイメージがより広がっている現状だったりします。おかげ様で、正直イラネーヨ!って思うぐらいお仕事のお話しもいただいたりしています。

一応細かいことを言うと、自社のサービスについても、いくつかコッソリと準備段階に入っていたりします。これについては来年の春ぐらいから少しずつ公に出来そうなので、楽しみにしてもらえたら嬉しいです。

気付いたらゲーム業界14年目になろうかというところで、多分このままダラダラと人から用意してもらった仕事をやっていても充分に生活は出来たんだろうけど、なんかそれじゃ駄目な気がしてきた一年でもありました。

会社はまぁ来年でもいいかーぐらいの感じで、そんなに焦るつもりも無かったんだけど、実は任天堂前社長の岩田さんが亡くなられたことも影響が大きかったです。世界的なニュースであったことと同時に、僕にとっても大きすぎる出来事でした。僕がただのゲーム好きだった頃に、大好きだったゲームのクリエイターさんだから。本当は会社の名前も「マザー2」にしたかったぐらい。さすがにそれは誰かに怒られるだろうと思って、海外版タイトルの「EarthBound」にしようと思ってました。

僕が子供の頃にゲームの魅力に取り憑かれて、気が付いたらゲームのお仕事をしていたのは、岩田さんや、そういったゲーム業界の諸先輩達が、ワクワクするゲームをアホみたいにこれでもかと世の中に出してくれたおかげなんです。しかもその人達が今だに現役でゲーム作り頑張っている。そんなことって、なかなか他の業界だったら無いのかもしれません。

そういった子供の頃に感じた説明できないワクワク感であったり、今後ももっとゲームと名前の付くものに携わる人達をハッピーにしたい、そういう力がゲームにはある。そんな感じで、書類を届ける前日になって会社名を「ゲームのチカラ」に変えました。うん、そっちのほうがしっくり来るというか、説明も楽だし、分かりやすいでしょ的な。

そんなわけで今後も自分の体と魂が別つまで、馬鹿みたいにゲームに熱中していきたいと思います。良い案件があったらご連絡くださーい。資金援助も待ってまーす。

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Lv.99 その道を何回歩くか。

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今月、僕の会社「ゲームのチカラLLC」を立ち上げました。ようやくというか、思ったより時間がかかったというか、諸々考えてこのタイミングだったというか。今のところ出来立てだし会社としてのビジョンとかもそんなにクソ真面目には考えていないので、まずは「僕と仲間でできること」「他がやろうとしないこと」を念頭において、少しずつ庭を広くしていければと考えています。

去年今年と、自分なりに色々な新しいことにチャレンジしてきたこともあってか、気が付いたら肩書きだけはいっぱいになってしまいました。ゲームデザイナー、ゲームプランナー、ゲーム学校の講師、本書き、ブロガー、経営者、万年初心者格闘ゲーマー。

一つの体で全部やっているので、頭の中が忙しいことも時々あります。だけど、どれも自分にとっては刺激的で大切な出来事なので、毎日楽しめていることが何よりというところです。 

僕は周りが思っているほど「肩書き」というものを気にしません。というか、むしろ気にしたくないとすら思っている。何故かと言われると理由はいくつかあって、一つは「肩書きを背負うことで思考に制約が生まれてしまうこと」を嫌うからです。例えばプランナーと名乗ってしまえば、周りにはプログラマーがいてデザイナーがいて、ディレクターやらプロデューサーがいるわけです。

そうなると、「僕はプランナーだからこの範囲まで頑張ればOK」とか「僕はプランナーなので、それについての責任は僕ではありません。」みたいな、線引をするために使ってしまいそうになるのが嫌だからです。当然プログラムを描いたりPhotoShopを触るわけではないですが、この肩書きがあることで制約ができたり、気付かないうちに自ら制約を設けてしまうのは、単純に自分の視野を狭くするケースが大半で、純粋に勿体無いと思うからです。

もう一個が、「肩書きをあたかもブランドだと勘違いしているような馬鹿にはなりたくない。」というのがあります。昔出会った人で「僕はプロデューサーだぞ!」とか「私は超大手有名会社で働いているのよ!」 みたいなことを一々これみよがしにぶら下げている人がいて、「うわースッゲーだっせー!」と思いました。名実伴っていればご立派ですねの一言ですが、正直なところ大体の人が中身はポンコツでした。というよりも、ポンコツに限って肩書きを自慢したがるなー、と。

そういったこともあって、お仕事上は便宜上の肩書きをつけますが、僕自身はゲームを作っている時も本を書いている時もゲームしている時も、「僕」という単位でしか物を考えていません。もっと言うと、男か女か、日本人かアメリカ人か、地球人か宇宙人か、そんなこともどうでも良く、やっぱり「僕は僕」という基準は変わりません。逆を言えば、その最小単位を日々磨いてさえおけば、後から勝手にそれっぽい肩書きを周りが付けてくれるのかなーと。

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話は変わって、一応それなりに色んな肩書きをもらったことで気付いたのが「一回の人生、一職業じゃ勿体無いよね。」ということです。大半の人が会社に勤めて、役職なり肩書きをもらって、何年もその筋のプロとしてやっていくのが普通なのかとも思いますが、前述の通り僕自身は「肩書きなんてどうでもいい、楽しいことを一生懸命やればいい。」という考え方でいます。ともすれば、今後は今ともまったく関係無いことを急にし出すかもしれません。

なんでそんなことを思うのかと言うと、周りで「本当はこんな仕事したくないんだよな……。」とか「この会社に未来無いよな。かと言って転職するにも僕の実力じゃ……」みたいな悩み?不満?を持っている人、本当に多いんだなーと。個人的には「そもそもそんな考え方でやってるから実力もサッパリ伸びないし、仕事が苦しく感じるんだろ、全部お前の責任じゃねーかよ。」と思っている場合がほとんどですが、僕もなんやかんやで会社員勤めも10年ぐらいはやっていたので、気持ちが分からないわけでもありません。

実際問題、仕事をしている最中に上司なりプロジェクトなり会社なりに不安を感じたことなんて数えきれないほどにありますし、今よりも若い頃は不満もそれなりにありました。とは言え、それと同時に「これじゃ駄目だ。誰かが変えなければいけない。だったら自分なりに今出来ることを考えて行動に移そう。」という点だけは、割りと周りとは決定的に違うような気がしていました。

例えば会社の人と呑んでいる時でも、そういった不満を吐き出すことがよくあると思います。それ自体は悪いことだと思いませんし、そういった事ができる仲間がいる事自体は素晴らしいことだと思います。ただ、正直なところ大半の人が溜まったストレスを吐き出して少しすっきりしたら、次の日から「また同じこと」をしているように、僕には見えました。

その人たちが今どうなったかは知りませんが、年をとれば頼まなくても責任というものの荷重が次第に大きくなってしまうので、自己の研鑽を怠ったまま立場だけ上げられてしまったとしたら、それほど苦しいことも無いと思います。少なくとも僕はその瞬間瞬間では「何が最善か?」「ここに自身の時間をかけることで、一体何が学べるか?」というスタンスだけは、若い頃から崩さなかったと思います。

それというのも、「今はこんなことをやっているし、苦しいこともあるけれど、自身が見ているところはもっとずっと先にある。だからこそ、この程度のことぐらい軽くクリアしないといけない。」そういう風に考えていたからだと思います。

言い換えれば、眼前の事象や環境に不平不満を言うのは誰でも出来ますし、それを言ったところで明日急に会社も自分自身も良くならないことぐらい、サッサと気付くべきなんです。そんな無意味なことに労力を浪費するぐらいなら、逆にこの環境を利用してやるぐらいの思考や行動力があったほうが、自らのポテンシャルを引き出せるのでは?というのが僕自身の考え方です。

昔から僕は、「この会社でやることが無くなったら、次のステップに行こう。」とイメージしてから、その会社に入るようにしています。「やりたいことが」ではなく「やることが」です。端的に言えば、その会社に入ることで、自分がまだ持っていない技術や知識、知見などをそこで得られる可能性が高いことを前提に、その実力がついたら一旦のゴール、という感じです。 

もっと言えば、得意技を身に付けたら、サッサとその技を捨てて次の技を探すか磨くかしないといけません。つい最近若い子から「もっと成長したい。」と相談された時のことです。自身が若い頃を思い返しながら、思いつく限りのことを伝えたつもりではありますが、自身も成長の最中、先輩ヅラをしたいとも思えないので、コレだ、という言葉が見つかりませんでした。

ただ、なんとか心に残してもらえるような言葉を伝えたいなと考えて、最後に一つだけ言えたのは「得意技を3つ持つといい。そして新しい技を覚えたら、古い技を一個捨てればいい。」とだけ伝えました。僕で言うと、最初はデザイナーとしてゲーム業界に入り、3Dの技術を覚えて、途中からプランナーに転向し、一時期からは数字を強く意識するようにしていました。そこからは「チームビルド」であったり、プロモーションであったり、今ではブログや本書きなどで改めて言葉の勉強をしたり、経営者の先輩がたに会社をやるとはなんぞやということを教えていただいたり。

僕の中ではゲーム業界に入ったころから、もっと言うと入る前からずっと「面白いことをやりたい。それでみんなと盛り上がりたい。」という一本の道を歩いているだけで、大きなことを表現したくなったら、今までの自分を否定してでも新しいことにチャレンジしよう、というわりとシンプルなことを繰り返しているだけです。その中で結果的に肩書きがあっちこっちウロウロしているように見えるだけだったりします。

すんごい要約すると、あんまり仕事がうまくいかない、面白くないと思っている人って、正直視野も狭いし目標も低くなっているのかなーと思うので、「もっと世界が広いことを知って、その上で先ずは眼前のことを全力でやってみればいい。」と思っています。なげーのでおしまひ。


Lv.98 役に立たないかもしれないけど。

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これ、前回の本を読もうっていうのとかなり共通している部分があったりするんですが、お時間があればぜひ。

僕にはゲーム以外の趣味といえるかどうか分からないレベルのものがいくつかあります。散歩とか、妄想とか、読書とか、XVIDEOとか。そんな中でも特に好きかなと思えるものに、恐竜と宇宙があります。

別段人より詳しいというわけではなく、単純に好きというだけ。共通して言えることとしては、ロマンがあるよね的な。小学生の男の子だったら、嫌いな人いないんじゃないかなぐらいに、僕の子供心を今でも刺激してやまない。そこには存在している、またはしていたのに、謎が多すぎる、未だに解明されていないことがたくさんある。そういったところに、ずっと惹かれ続けています。

周りに同じぐらいの温度感で話せる人がいないというのが少し寂しいところではあるけれど、純粋に個人的に好きだという気持ちがあるから、実はあんまり他人に共有したいとも思わなかったりします。一人で図鑑とかWikiとか見ながらニヤニヤしている。うん、とってもいいよ、恐竜と宇宙。

それ以外に僕がちょいちょい興味を持っている中に、というかあんまり人に話したことも無いし、別に話したいとも思わないんだけど、世界中の凶悪犯罪のニュースや記事を見たりとか、ものすごく不謹慎かもしれないけれど、色んな国の自殺統計、精神疾患のメカニズムなんてのを見たりもします。

一応自分なりにいくつか理由はあるんだけれど、共通して言えることは「人間の深層心理が知りたい」というのがあります。もともと昔から「人間観察」が趣味だと言っていたところがあって、わりと人の動向をジーッと見ている時があるんです、僕。多分、仕事でもなんでも、その癖が強いかもしれないし、実は割りと色んなところで役立っている。

例えば楽しいとか悲しいとか、そういった「感情が振りきれる瞬間」という意味では、怒りであったり絶望であったり、人を恨む気持ちであったり、そういったマイナス面の感情も実はまったく同じことだと考えていて、それであれば、そういったことについても少しは勉強しておきたいと思ったのがきっかけだったような気がします。

こういう類の話が好きじゃない人もいるのは分かっているので、ここではたとえ話ですら、するつもりはないんだけれど「その人の感情を突き動かしたものは何か?」という点だけで言えば、そういった興味の持ち方、勉強法もあるのかなと思っています。

ゲームを作る時に、世界観とかシステムについて考えるのは当然として、「ユーザーにどんな気持ちになってほしいか?」ということを考える必要があります。凄い大切な部分。楽しいなー、というのはゲームだから当たり前過ぎるので、例えば「たくさんの敵をなぎ倒す爽快感が気持ちいい。」だとか「hogehogeちゃんが俺のほうを振り向いてくれるまで頑張るぞ!」だとか「大切な仲間を失ってとても悲しいけれど、俺はお前の気持ちをけして無駄にはしないぞ!」だとか、そういう感情の色々。

さんざんこのブログでも言ってきたような気がするけれど、悲しいかなゲームクリエイターにも色んな人がいるので、こういう大切な部分がスッカラカンで、ゲームの仕組みとか世界観だけやろうとする人も実際いたりする。「感情をデザインする」ということは、個人的にはゲームを作る上でキッチリ考えるべき、とてもとても大事なポイントだったりします。

で、いわゆるそういった「感情の定義」をする場合、その「感情がより強まるようなゲームデザイン」をしていくことが必要不可欠になる。となると、当然ながら自分の中に色々な感情の引き出しが無いといけない。バリエーションという意味でもそうだし、楽しい悲しい悔しい許せない、そういった各感情ベクトルごとの「強度」もそう。もっと言えば、そういった色々な感情が複雑に絡んでいるような心理状態であったり、それによって起きる新たな感情の導線を「感じ取れるチカラ」が無いといけない。

ゲームの仕事をしている人の中で、よく「数字が苦手」という人がいます。いわゆる業界的にはKPIと呼ばれている類の。ここで言う数字は、ユーザーの行動の足あととして記録されているものが殆どで、言い換えれば「ユーザーの心がどう動いたか?」ということです。そうなると、数字が苦手と言っている人は「=人の心を読み解くのが苦手、と言っているようなものなので、ゲームクリエイターの本分である「ユーザーに楽しいと思わせたい」という視点から観た時に、ある意味大きな矛盾を抱えていることに気付いていないんだと、僕は考えています。

ユーザー体験を作るという視点から観た時に、嬉しいと思う瞬間、悔しいと思う瞬間を作る。それでも頑張るぞと思う瞬間も作る。これはある視点では「人の感情をコントロールする」という見方でもあるので、余計に自分の中にある感情の手札が無いと、成立しなくなってくる。

何時なんの役に立つかも分からないけれど、だからこそ余計に自分が知らない世界であればあるほど、上っ面でも良いから知っておくぐらいはしておいたほうがいいよね、と思っています。そんなこともあってか、最近は自分とはまったく関係ない仕事や生き方をしてきた人と話すのが、結構楽しかったりします。

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Lv.97 本を読む。

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僕は学生の頃まで文字を読むのが苦手だった。教科書なんて好きじゃないし、新聞も読まない、小説なんて興味も無かった。見るものと言えばもっぱら漫画だったし、それでもやたら文字数の多い漫画は嫌っていたような気がする。単純に文字をたくさん読むという行為が苦痛だった。

十何年も前にゲームの専門学校に通っていた時、クラスメイトの女の子がふいに「この小説、大久保君が好きそうだから、読んでごらんよ。面白いよ。」と貸してくれた。まだブームになる前のハリー・ポッターの第一巻。そんな風に薦められたら断るのもなんなのでと借りたものの、やっぱり文字を読むのが億劫で、ずっと部屋の隅に置きっぱなしにしていた。

多分半年はほったらかしにしていただろうか、さすがにクラスメイトの子から「もうそろそろいいかな?」と返却の催促をされたのをきっかけに、ようやく焦って読み出した覚えがある。単純にハリー・ポッターが面白いのもあったんだけど、実はそれがきっかけで「文字に対する抵抗が無くなった」っていう気付きがあったのね。マンガのほうが面白いじゃんって思ってた自分にとっては、それ自体がかなり新しい発見だった。 

それから何年か経ってゲームの仕事をしている時、上司が「良書を何冊か持ってきたから、良かったら読んでみてください。」とメールで部内の僕たちに送ってきた。周りは無反応気味だったけど、僕は個人的に気になった本を誰よりも先に借りに行った。実はこの時もすぐには読まなくて、気がついたら数年経ってたんだけど。いつだったか、ようやく読んだ時に「なんで俺はもっと早くこの本を読まなかったんだよぉぉお!!!」と、えらい後悔したことを覚えている。

ちょうど仕事で行き詰ってた頃に借りたのに、読むまでに数年を費やしていたからだ。その時すぐに読んでいれば、もっと物の考え方や視野が開けていたんだろうなぁと。結局その本は、そのまま借りパクしました。(事後報告で本人の了承済)

それからまた時間が経って、ここ何年かは本屋に立ち寄っては気になるものがあれば、とりあえず買って読むようにしている。色々な本を読んでいるつもりではあるんだけれど、共通して言えることは「この人一体どんなこと考えてるんだろう?」という点。ジャンルにしてみればビジネス書だったり技術書だったり色々なんだけど、フィクションものよりはそういった作者が見えるようなものが殆ど。

コトラー、マキャベリ、半藤一利さん、冨田和彦さん、サイバーエージェント藤田さん、DeNA南場さん。一応ドラッカーとか、他にもいろいろ。本を読む目的はいくつかあって、その時々で変遷があるのだけれど、たくさん読んだほうが良いかもしれないなと思ったきっかけは、先述のような自身の仕事に対して頭打ちを感じたことが大きい理由かもしれない。

というのも、ゲームプランナーという仕事をするにあたっては、本当に参考書と呼べるような物が無かったから、そうなると、間接的に近しい物を手探りで見つける作業が必要だったからだ。ちなみに僕がゲームプランナー本を書いた理由も、「いつまで経っても誰も書いてくれないから。」というのが最初のきっかけだったりする。諸先輩方がサッサと書いていてくれたら、一々こんなことはしていないと思う。

かと言って、本に「答え」を求めたことは一度も無いと思う。というか、むしろ何冊か読んでいるうちに「答えなんて殆どの場合は書いてない。」と気付いたのかもしれない。例えば「こうすれば成功する!」みたいなビジネス書とか、自己啓発本ってあるでしょ?そういうのは最近では一切読まない。

ついでなんで言うと、なんでああいうのが毎月何冊も出るのか。簡単に言えば、著者と出版社が儲かるからであって、むしろ「読者が全員成功したら困る」わけです。こうすれば成功する!っていう本が売れれば売れるほど、成功するのは読者じゃなくて、実は著者と出版社なんだよね。これってダイエット器具や英語教材なんかが売れ続けることとロジックが一緒で、「成功したいと思ってるけど、絶対成功しない人が常に一定数いる。」という世の中の理屈で成り立っているんだな、と。(当然全部が全部そんなわけではないんだけど。) 

実際問題ビジネス書とか言う本の半分ぐらいが成功者の自慢話とか結果論の美化に終始してて、時には読んだ時間返せよレベルのものも多かったりする。当然本人が読んだタイミングとかによっても意味は変わってくるにせよ、よくぞこんな物を世に出したなレベルの物とかも。「先ず目が覚めたら鏡の前で「僕は成功する!僕は成功する!」と声に出して言いましょう!」とか、マジ怖いからヤメテーってなる。逆に、本を読んでなかった頃に苦労しながら自分なりにようやく見つけた法則とかが、何年か経ってから本を読んだ時に「あぁ、それもう俺やってるわ。」って思ったりすることもあって、それだともう今更読んでもしょうがなかったり。

で、そいうことがありつつも、やっぱり本を読むこと自体はとても良いなーと最近は思うわけです。個人的には知識を貯めこむとか、成功方法とはなんぞやとか、そういった類のものには殆ど興味が無く、本を書いた人の「考え方」というか、もう少し言うと「熱量」みたいな物を感じられればいいなーと思って読む。

最近久しぶりに、まとめてドカッと本を買った。プロゲーマーのウメハラさん、同じくプロゲーマーのときどさん、映画監督の押井守さん、漫画家の荒木飛呂彦さん、声優の大塚明夫さん。まだ全部は読んでないんだけど、やっぱりこういう熱量のある人の本を読むのは単純に面白いなと。熱い気持ちになる。

一応自分もモノづくりの仕事をしているので、大いに共感することもあるし、こういう熱い人達がいることで、俺も負けてらんねーなーって感じで、また火が点く。というか、むしろそのために読んでいる気すらする。元々ある自身の熱量に、もっと火を焚べると申しますか。

また自分の本の話をすると、一応ゲームプランナー志望者向けの参考書という位置づけではあるんだけれど、自分なりにこだわっているというか、我ながら良い本だなと思う点があって、一つは知り合いの現役プランナー8人?ぐらいのインタビューをさせてもらったこと。普通に考えて自分が書いたとこなんて、自分で読んでも基本的には面白くない。そういう意味ではインタビューは僕が考えた文章ではないので、単純に読み物として楽しめるっていう。しかも同じ「プランナー」という仕事なのに、人によって全然考え方が違う。そこが面白い。

もう一つは、企画書の書き方とか仕様書の書き方とか作法的なところは割とどうでも良くて、「何故それが大切なのか?」とか「どんな気持ちであるべきか?」とか、説明と説明の「行間」に自分なりの言葉で「想い」を入れたところ。本来であればただの技術参考書には不要なところかもしれないけれど、これを入れるか入れないかで本としての仕上がりというか、「その本を出す意味」が変わるというのが、書いている時からなんとなくあった。

特にゲームプランナーという仕事はエンタメを扱う仕事だから、作り手の熱量が不可欠だと思っているので、ただ技術や知識だけを学ぶために本を読んだ人がいたとして、変な意味で効率よくゲーム業界に来てしまうことになると、後から苦労するかもしれないと思ったのが大きな理由の一つ。

要するに、屁理屈だけで武装していても辛い仕事だと思っています。実際に現役でもそういったタイプの人は、大体仕事をやっていても楽しくなさそうな顔をしているし、言いかたは悪いけれど、万年ペーペーみたいなポジションでダラダラと時間を消費しているようにさえ見える。ゲームの仕事をしているのに、楽しそうな顔をしていないって、ある意味大きな矛盾じゃないかな、と。

大体僕と仲が良くて、現場でバリバリ活躍しているような奴って、やっぱり熱量が高い奴ばっかりだし、積極性や行動力、人を楽しませようって気持ちが人一倍強い奴らばっかり。僕もそういう人間と付き合っていたほうが断然楽しいし、お互い刺激し合えること自体、僕にとっては何にも代えがたいなーと、特に最近は思っている。

なので、僕の本を読んでくれた人たちがそういった「行間」の何かに気付いてくれたり、特に気に入ってくれているところだったりしたら、純粋に嬉しいなと思っています。

最後に、「まったく関係無いジャンルの本を読むことがゲームプランナーという仕事をする上で役立つのか?」という点に関しては、うん、どうだろ、まぁ大いにあると思っています。個人的にはそこから直接ゲームを面白くするためのアイディアや「答え」を見つけられることは殆ど無いと思うけれど、「”楽しい”って何?」とか、さっきも行った「熱量」とか、そういう本質的なことに触れられるだけでも、かなり大きな収穫ではないかと。うん。

というわけで、みんなも気になる本があったら読んでみると良いかもです。オススメの本があったら教えてくださいねー。


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Lv.96 ゲームプランナーは田舎者ではいられない。

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今日はなんとなく自分の内側にあるものを適当に。たまにはそういうのも。

つい最近、小中学校時代の友達から連絡が来た。「hogehoge中学のクラスメイトのLINEグループができたから、良かったら入ってよ!」

ふいの連絡ではあったけれど、自分にも懐かしい気持ちがあったので、なんとなく参加。すると自分のことを覚えてくれていたクラスメイトたちから、「おぉ、久しぶり!」「大久保くん!元気?」 と声をかけてもらったり。

懐かしいなと思う反面、気付けばもう二十年も前のことなので、実はクラスの大半の名前と顔を忘れてしまっている。中学を出て以来ずっと会ってない人もいるし、LINEだとニックネームだったり写真が本人じゃなかったり、お互い様だと思うけど印象が薄かった人もいたりとかで、どうやっても思い出せない人もいる。

さすがに1クラス分ともなると大所帯のグループなので、みんな好き勝手に昔のことを懐かしんだり、昔あそこにあった店が今はこんな風になっているよとか、先生を町で見かけたよとか、そういう他愛も無い会話が流れていくのを、ただ見つめる。

それを眺めていて気付いたことがある。「あぁ、みんな変わってないな。」と。うん、なんだろう、良い意味でも悪い意味でもというか、うーん、それともちょっと違うというか。一番気付いたのは「あぁそうか、俺は今、東京にいるんだな。」ということ。

僕は中二の時にゲームの仕事がしたいと思って、21の時に東京に出てきた。そこから、あっという間に十五年の月日が経ってしまった。その間も殆どのクラスメイトは地元にいて、人によってはずーっとガキの頃から付き合いが続いてたりとか、地元からずっと離れないでいたりとか。

良い意味では、日々変わらない穏やかな時間を過ごしているとも言えるけれど、自分にとっては随分前のことであると同時に、ある意味で「捨てた町」での出来事だから、地元のはずなのに全然しっくり来ない。自分でもよく分からない、違和感。

東京に出てくるというのは、ゲームの仕事をしたいと思った時点である意味必然であって、特に住みたいわけでもなんでもなかった。とは言え東京でもそれなりに色んなことがあったから、どんどん自分の中で思い出なり経験なりが上書きされていったのかもしれない。そのせいか、余計に地元が遠く感じてしまう。

兄弟や親戚は全員田舎にいるけれど、いい加減みんな大人だし、それぞれの生活があるので、よほどのことが無い限り会うことも無い。そういったことも関係しているのかもしれない。

そんな僕も時々田舎に帰る。親の墓参りとか、友達の結婚式とか。少し時間がある時は、古い友達と食事がてら会うこともある。そんな中の一人、そいつとは10歳の頃から、気付けば四半世紀の付き合い。僕が中学の時にゲームの仕事をしたいと言ったら、真似して自分もゲームを作る!と言い出した奴。

最初は「俺は本気だけど、きっとコイツは冗談だろう。俺とお前じゃ気持ちの入り方がぜんぜん違う。」と思っていたものの、そいつも高校、専門と出て、地元の小さなソフトハウスに就職し、ゲームプログラマーとして自分よりも一年早くゲーム業界に入った。そんなこともあってか、そいつとは時々連絡をとっては、お互いの仕事の話をすることも。

いつだったかの会話。その友人がスマホのゲームを初めて仕事で作ることになり、通信設計周りで悩んでいた時のこと。僕もすでに何年かスマホのゲーム制作に携わっていたので、自分の中では「こう設計するのがセオリーというか、業界の常識だ。」と言うことを伝えたら、目からウロコみたいな反応をしていた。

本人がスマホのゲーム制作に携わるのが初めてだったのはあるとしても、そこで話したことは何も特別なことではなく、スマホのゲームだったら大体どんなタイトルでも「当たり前」にやっている方法、というか、プログラマーでもない僕ですら知っているような、基本的な設計の話だった。それなのに、本人はえらい驚いた様子だった。

後々になってその会話で気付いたことがあった。僕が学生の頃ですら、インターネットがこれからどんどん高速化して、情報を得ることや働くことに、差や場所は一切関係無くなる、と。 でも、これが全然違った。

端的に言えば、東京に来れば似たような目標や考え方を持った人間が必然的にたくさん集まってくるので、当然、それに伴った会話や情報に出会う機会が増える。でもそれが、田舎で周りにそんなことをやっているのが仮に自分だけだったとしたら、自分で意識して情報を探し続ける努力をしない限り、いくらインターネットがあろうがまったく関係無く、どんどん情報や思考が孤立、鈍化していくんだ、と。

実際問題、彼も年数だけで言えば十年選手なのにに、今だに薄給で雇われていることを知った。東京と地方の違いがあるにせよ、今の年齢でその収入でいるということは、そういった情報の格差であったり、本人のセンスであったりがマイナスの布石になっての結果だという見方も出来てしまう。

で、この話、もう少し広げて話すと、東京にいたとしても情報収集を積極的にやっていない、そういった現役のゲームクリエイターも全然いるっていうお話。なんだったら、情報収集以前にコミュニケーションが苦手とか言い出す始末。ゲームのお仕事と言えど、情報収集や情報交換、コミュニケーションが命だったりする場合もあるので、ここがスッポ抜けているようなタイプの人が要所要所で「しなくてもいい苦労」をしているのを、時々見かける。もっと言えば、せっかく東京にいるのに、それじゃ全然意味無いじゃん、と僕は思ってしまう。少なくとも日本では最高峰の環境が整っているのにも関わらず。

話は戻って、中学のLINEグループと、友人のその話がダブった。やっぱり田舎は穏やかなんだな、と。何も変わらないな、と。それが良い悪いということではなくて、どんなに年齢を重ねたり、町が様変わりしたところで、やっぱり本質的には何も変わらないというか、変えようがない部分が田舎の大半を占めているんだと気付いた。

別に僕が都会に染まったとか、俺って東京人だぜーとか言う話ではなくて、「自分なりにがむしゃらに前に進んできたから、そういった差異が生まれるのも当然だし、たまたま今になってそれに気付いた。」 というのが素直なところで。

でね、一応このブログはゲームプランナー向けに書いているというのもあるから、敢えてこのタイトルにしたんだけど、ゲームプランナーってある視点では「最先端を追わないといけない仕事」という側面があるのね。昔好きだったゲームに対する愛情を捨てろとか、全然そういうことではないんだけど。要するに、ゲームに限らず世の中にある「色んな楽しい」に対して、自分なりの方法で常にアンテナ張り続けてないといけない仕事なのかなと。

そうじゃないと、置いてかれるというか、ハッキリ言えば「必要とされなくなる」のね。実際問題、ゲーム業界もコンシューマ→PCオンライン→ブラウザ→スマホと、僕がいた十数年だけでも目まぐるしく流行りが変わっていて、その中で古い考え方の人、例えば「コンシューマ以外はゲームじゃない。スマホのゲームなんか作りたくない!」なんて思ってる人は、必然的に必要とされなくなるから、遅かれ早かれ消えていくんだよね。ないし、その思考のまんま年だけとってしまう。そうなると、僕の友人のように安く雇われるだけの不遇な末路が待っている。

僕も「個人的な感覚だけ」で言えば、コンシューマを遊んでいるほうが全然楽しいし、スマホのゲームなんて見た目だけゲームにしたコスい集金ツールじゃんとか見下している面も正直、今の今でもあります。そういったゲームを作る側も遊ぶ側も馬鹿だな、と思っている部分、やっぱり何処かしらありますよそれは。だってコンシューマゲームに育てられて、この仕事を選んだんだから。

ただね、僕は今現役でプロのゲーム作りをしている。有名かどうかとか関係なく、少なくとも十数年はそれでご飯を食べさせてもらっている。そうである以上は、自分が携わったタイトルがどんなプラットフォームでどんな内容だったとしても、「自分がやる以上は、ユーザーに絶対面白いと言わせてやる。」という、役に立つのか立たないのか分からない誇りだけは持っているのね。というか、それが無かったらこの仕事しちゃ駄目でしょぐらいに思っているので。

もっと言えば、今後も僕はゲーム業界で今まで以上に頑張っていきたいと思っているし、自分にしか出来ないことを実現するための手段として、自分の会社も作ることにした。要するに、「今の自分を常に否定しながら、どんどん前に行かないといけない。」っていうことを、自ら選んで生きているというか。恐らくこの考え方は、ゲームプランナーとしてやっていくなら、必須のスキル?というか考え方なんだと思っています。

で、そうなると、田舎のことを時々思い出すことはあっても、「戻らない選択」を自分は知らず知らずのうちにしていたんだな、じゃあ違和感があっても当然だよね、だって自分の意思で前に進んでるんだもんね。と、改めて気付いたというお話しでした。

なんの役に立つとか関係無く好きなこと書いちゃったけど、一人でも二人でも共感なり気付いてくれる人がいれば、このブログ的には大丈夫でーす。かしこ。

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Lv.93 ねずみ小僧と石川五右衛門

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なんだかよく分からないタイトルですね。一応自分なりに意味はあるので適当に。

ゲーム業界に入ってから今まで、本当に色々なお仕事をさせてもらいました。3Dのグラフィックデザイナーに始まり、UIやらアイテムのデザインやらをやらせてもらいつつ、ある時に「あぁ、このままデザイナーでいちゃ駄目なんだな。」と思ってからは、ゲームプランナーとしてのお仕事をずっとやってきました。

職種で言えばデザイナーからプランナーになったというだけのことなので、そんなに珍しい話でもありません。実際にプログラマーからプランナーになった人もいるし。デザイナーからプランナーになってまたデザイナーに戻った人もいます。

そういったこととは別に「仕事の仕方」というのも、職種以上にやりかたを変えてきた、もしくは変わってきたなと、特にここ数年感じています。

若い頃はとにかく技術も知識も先輩に勝てるわけ無いので、とりあえず作業スピードだけは意識しながらやっていました。これってどんな仕事にでも言えるんですけど、先輩や上司は一年目二年目に自分と同じようなスキルを求めていません。出来るわけ無いので。そうなると「頼んだ仕事を誰よりも早く、正しく仕上げてくれる。」ということ自体が、若いうちは評価に繋がりやすいからです。

当時は評価されるためにそうしていたわけではありませんが、自分なりに「5日かかる仕事を3日でやれば、残り2日でもっと良くできんじゃん!まぁオトク!」ぐらいの考えは持っていたように思います。

そういったようなことはある程度場数をこなせば、誰にでも身に付くものでもあったので、数年もしないうちに「次のフェーズ」に進むようになりました。それは「自分が頑張るんじゃなくて、周りの頑張りが生きるような状況を作る。」ということでした。

僕がゲーム業界に入って初めてやったプロジェクトは、長い期間生みの苦しみに耐えている状況でした。メンバーはいつまでこの状況が続くのかと、だんだん元気も無くなってきたり、時には殺伐とした空気になっていたりもしました。僕自身もまだ経験が無いなりに、その状況をどうにかできないかと考えていた時期です。そういった気持ちと、冷静に考えた時に「このプロジェクトのどこがいけないのか?」を掛けあわせた時に、「プランナーがしっかりしていないと、プロジェクトは右にでも左にでも転ぶんだな。」ということを強く感じました。

僕がプランナーになったきっかけは、実は最初からゲームプランナーになりたかったわけではなく、そういったネガティブな状況のプロジェクトが元だったのを、今でもよく覚えています。当時は考え方も若かったので「こんなおっさんよりも俺がプランナーやったほうが全然マシだ!」と息巻いていたので、半分は怒りでプランナーになったようなもんでした。

いざプランナーになってみると、当然ながら外側から見ていた以上に大変な仕事でした。こういう言い方もなんですが、デザイナーやプログラマーはある意味「オーダーが来て、その通りに仕事をやればいい。」という側面があります。方やプランナーは、その元となるオーダーの部分を、考えつつも作りつつも急ぎつつも、他のメンバーよりも先回りしてアレコレやらないといけない仕事です。

「え、仕様書って何?」「あのプログラマー、俺の資料に怒ってるんだけど、何が足りないの?」「あと何ページ作ればゴールなの?」「〆切はあるの無いの?」「取引先がいきなり追加オーダーしてきたけど、どうすりゃいいの?」

こんなことばかりでした。一応自分でプランナーになりますとデザイン上長に言った手前、毎日キツイなぁと思いつつも、そこでへこたれるわけには行きませんでした。必死こいて頑張ったおかげか、デザイン上長には「前よりも全然ゲーム面白くなった。」と言われましたが、いずれにしても商品と呼べるレベルには程遠い状況だったと思います。

最初に働いた会社が少人数だったということもあり、なんでもかんでもやらされていたのはキツかったけど、いざ転職して大きい会社に入って分業になった時には、「あれ、なんか仕事がスゲー楽だぞ。」という感覚がありました。自分なりに最初の修羅場を超えていたたのかもしれません。

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そこからは、やはり場数的に色々なプロジェクトでプランナーのお仕事をしていくうちに、物量をこなすのは別として、少しずつゲームプランナーというお仕事には慣れてきたので、以前のようなキツさは感じないようになりました。そして気付けば、自分にも後輩といえるような奴が近くにいたりして、いつの間にか自分は「教える側、引っ張る側」になっていたことに気付きました。

最初は「一緒に頑張ろうぜ!俺も負けないぐらい頑張るぜ!」みたいな感じで一緒に手を動かしていたんだけど、ある時「あぁ、それだと限界あるな。てか駄目だわ。」と思うことがありました。要するに、自分も一緒になることで後輩に対して「ほら、俺も頑張ってるよ」というのを見せたかっただけで「チームとしての成功は何か」ということとはちょっと違う動きをしてしまっていたんだと。もっと言えば後輩に認められたい=先輩として揚げ足取られないようにという、自衛的な動きをしてしまっていたような気がします。

それに気付いてからは、自分が手を動かすことよりも、現場に多少負担がかかったとしても、「チーム全体として、プロジェクト全体として正しい動き」になるようにという意識で、仕事をするようになりました。多分、ここらへんはディレクターやプロデューサーみたいな、プランナーの上位職になるためには、必要なスキルかもしれません。

まだ経験が若い子たちからすれば、「あのプロデューサーはいっつも仕事もせずに、一体何やってんだよ。」とか思う場合もあるかもしれませんが、意外とチームのためになるようなことを裏ではいっぱいやっていたりするので。(いつか気付いてくれたら嬉しいなぁ) 

で、そういうことが大事だなーと思ってからは、裏方と申しますか、影忍と申しますか。自分がなるべく目立たないように、物陰から手裏剣をシュパっと投げて、一撃必殺一件落着。金の分は仕事したぜ。って言っていつの間にか姿を消すような仕事のしかたがカッコイイと思っていました。あ、それがここで言うところの「ねずみ小僧」です。目立ってないけど仕事してます的な意味で。

若い頃は同じチーム同士でも、上司に対して「ほら、俺が一番頑張ってるでしょ?すごいでしょ?」みたいに、隙あらば自分が目立とうとしていたところ、多分あったと思います。でもそれって、やったとこでなんの意味も無いし、最終的にはチーム力でなんぼだもんな、と気付いてからは、随分と仕事が楽になりました。その頃からかなー。自分がどーのというよりも、後輩や部下に「成功体験させてあげたい」って思い始めたのは。最初の会社に限らず、結構不遇なプロジェクトに携わる機会が多かったのもあったかもしれません。

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で、ここ数年は「やっぱりそのやり方でも限界あるなー。」と思っていたんです。影忍的な仕事のしかたが自分の中では結構な期間、美学だと思っていました。オサレやん、みたいな。でもそれだと、自分が今までやってきた経験を伝えていこうと思った時に、アクションできる幅というか、量が小さいなと。

もっとゲームのお仕事に自分自身が熱中できて、なおかつ他の人にも良い影響を与えられるようにと考えるならば、影忍的論法じゃ多分駄目なんだ、もっと目立たないとかもしれない。少しずつそんな風に考えるようになってきました。ほんとにここ数年。

で、じゃあどうしようかと。目立つったって、Youtuberとか生主になろうなんて思わないし、それをやって意味があるとも思えない。でも「何処か目立つとこに自分から立つ必要はある。」と。そういうことも根底にはあったのか、ネットにスライドをアップしてみたり、ゲームプランナー本を書いてみたり、このブログを始めてみたりと、自分が今まで経験してきたことが誰かしらの役に立てればいいなー的な動きになっていきました。

僕自身ぜんぜん有名なクリエイターでもないし、誰もが知っている人気ゲームのプロデューサーをやったことも無いけれど、逆に考えれば「いつまでもそんなこと言ってたら、恐らくいつまでもやらない。」と思っていたし、それに気付いた時点で「他の人がやらないなら、俺がやればいい。」と吹っ切れたからです。日本人だと「いやー、僕なんかまだまだですよー。」とか「なるべく目立たないように、日々平穏に。いざこざには巻き込まれないように。」って人も多いし、僕の中にもそういう気持ちはあるんだけれど、少なくともゲームプランナーとして本気でやっていくんだったら、それじゃ駄目だと僕自身は思っています。あ、ここらへんが石川五右衛門ね。要するに、同じ悪党やるならコソコソやるより大胆にやれよ的な。

もっと言えば、というか言葉は悪いけれど、そうやって自分に無意味な制約をつけてる人って、本気でゲームの仕事をしたいとは思っていないんじゃないかなーと思っています。プロジェクトが悪い上司が悪い会社が悪いとか言いながら、かと言って状況を変えようと自らアクションするわけでも無く、でも会社を離れるわけでもなく。個人的にはそれで本気だって言われたらゲーム屋としては情けないと思うし、それは「ゲームという仕事に携わりたいだけ」なのかな、と思っています。

そういう人がいても良いとは思うけど、少なくとも自分以上に頑張っているような人達に対して自分は同等だなとか、俺もクリエイターだぞ!なんて思わないで欲しいなぐらいの想いではいます。言い方を変えれば、周りに自分よりも凄いなー、尊敬するなー、カッコイイなーって人がいたとしたら、技術や経験も去ることながら、そういった考え方や行動に違いがあるのかもしれません。いや、知らんけど。

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僕も言いたい放題は別に好きでもないし、それ自体が目的ではないです。どちらかと言うと、これからは自分自身が名前も顔も出して全ての発言や行動に責任を持ってやっていこうと決意したというか。そんなこともあって、ようやく自分の会社を作るって話なんですけど。前置きがクソ長かったね。もっと言うと会社の名前をずっと悩んでたので、決まってからブログでも書くかーぐらいの気持ちで書いたら、こんなんなっちゃった的な。

あ、で、会社の名前は「ゲームのチカラ」 にします。ほんとはもうちょっとオシャカッコイイ系の名前も考えてたんだけど、こっちのほうが何年経っても自分でちゃんと責任持ってやれそうだから。昨日だか今日だかに思いつきました。うん、でも多分大丈夫。

そんなわけで10月からはこの名前で頑張りまーす。
投資家のみなさん、無担保でお金貸してくださーい。(・ω<)bb

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Lv.92 リアルとリアリティの違い

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ゲームを彩る上で重要なこととして、世界観や物語、キャラクター設定、演出などがあります。僕はプランナーの仕事の中でも特にそこが苦手なので、お仕事としてはなるべく引き受けないようにしています。とは言えそこがあるのと無いのとではゲームの出来栄えが別ゲーかと思うぐらいに変わってくるので、軽視するわけには行きません。

元となる世界観や物語などの設定については他のプロのかたにお願いしますが、それらがちゃんと生きるための「根本にある動機(バックボーン)」や、最終的な「仕上がり」については、きっちり責任を持ってやる必要があります。

ゲームの世界は現実的なものばかりではありません。例えば剣と魔法の世界だったり、超人的な必殺技を持っている人間がいたり、巨大ロボットやらタイムマシンやらが当たり前に出てきたりします。そういったファンタジーと言うものは「非現実的」という捉え方ができると思います。現実ではありえないからワクワクする。現実にこんなことがあったら凄いよなーという想像でワクワクする。マンガやアニメ、ゲームが好きな人だったら、そういった何かしらのファンタジー的な部分に何度も魅了されてきたと思います。

かと言って、ファンタジーだったら何でもかんでもアリなのかと言われると、意外とそういうこともありません。ファンタジー世界の人達だって食事もするし、疲れたら睡眠をとる。家族がいたり、学園生活を送っていたり、賞金首を狙うハンター=それを生業として生計を立てている人なんてのもいます。こんな書き出しかたをすると、結構普通の現実世界と共通することが多いと思います。

こういったファンタジーの世界を描く際に個人的に重要だと考えているのがいくつかあって、「バックボーンはキッチリ作ろう」と言うことと、その上で「どこをリアルにして、どこを嘘にするか?」ということです。もう少し言うと、「リアルとリアリティの違い」を明確にすることが大切だと考えています。

例えば剣と魔法の~みたいな世界を作る時、じゃあその剣の腕前はどこで習ったの?とか、魔法は誰から教わったの?というようなバックボーンを設定することは、世界観や物語の深みを生み出します。ここを「生まれた時から何も考えずとも、何故か出来てしまっていたんだよ。」としてしまうと、一気に世界が薄っぺらいものになってしまいます。その先の物語もかなり展開しにくくなるでしょう。

ドラゴンボールの孫悟空が、実は生まれたての時に地球を滅ぼすために送り込まれた宇宙人だったって設定、初めて聞いた時はビックリしたものでした。どう考えても後付けだとは思いますが、そういったバックボーンをあてがうことで、一気に物語が立体的でドラマティックになります。ワンピースが早い段階で人気を得た理由の一つに、主人公となるメインメンバー達の子供の頃にあった出来事を、サッサと表現したことはあるのかなーと思います。

人間はそういった人物のドラマに振れることで、よりキャラクターに対して愛着や共感がわくからです。そこがあまりにも非現実的だったり、読者の感覚とは違うものだったら、そこまでキャラクターに対する愛着がわかないと思うので、そういった点でワンピースは上手いなぁと当時から思っていました。

こういったことをキッチリ裏側に設定してあげることで、プロのかたに頼む場合も「なるほど、このキャラクターは人見知りに見えるけど、実は優しい心の持ち主なんですね。」とか、「こういう性格だったら、しゃべり方は結構キツイ感じのほうが似合いますね!」と言ったような、キャラクターを仕上げる時の大きなヒントになります。

これが「主人公、男、23歳」「ヒロイン、女、17歳」ぐらいの設定だけでシナリオライターのかたに頼むようなことがあると、ワケガワカラナイヨとなってしまいます。それぐらいの設定だったらバカでも出来るし、他のゲームの23歳と何が違うのかも分かりません。かと言って「剣の使い手、熱血漢、車輪眼の持ち主」とか足しただけでもぜんぜん駄目。よく素人の同人モノとかでそういうの見ますけど、めちゃんこ寒気がします。

ここで足りないと思うのは、どこで生まれてどんな生活を送ってきたか。その場所はどんなところか。そこで育つことでどんな性格になったか、物語の中で今主人公はどこに向かおうとしているのか、その理由は?と言ったようなことを、キッチリと作っていく必要だということです。それがあることでようやくシナリオライターさんは、「だとすると、こういう部分はこうですか?」とか「次の展開を考えると、ここでこういうことを主人公はしそうですよね?」と言ったような、質問や提案が上がってきます。

こういったバックボーンというものが無い状態では、RPGだけに限らず、他のゲームを作る上でも足りないだらけになりがちなので、きっちりとそういった世界観のセットアップはしましょうねというお話しです。マリオですら「ピーチがさらわれたから助ける」という明確な理由がありますし、スト2のリュウですら「俺より強い奴に会いに行く。」とか、20年以上言い続けています。こういったステレオタイプなりにも、ちゃんとした動機を持っていることは、その後の世界を広めるという意味では、とても重要なことです。

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そしてもう一つ重要視しているのが、そういった世界を演出する上で重要になってくる、リアルとリアリティの部分。ここは人に寄って表現方法や感覚的な部分に差が出るのですが、苦手なりに僕の考え方はこうだよぐらいに思ってもらえればと。

例えばロボット物のアニメなどで、自機に致命的なダメージを受けた時、コックピットに搭乗している主人公が、やたら色々なパネルをいじったり計器を確認したりするシーンがあります。主人公としては不利な状況ではあるけれど、なんとかそれを打開したいという気持ちと、それに伴った焦りが感じられる緊迫したシーンです。

このシーンをリアルに考えてみると、そういった焦っている状況に対してやたらと確認項目が多かったり、複雑な手順を踏まなければいけないというロボットの設計自体が良くない、という見方もできます。アレコレ操作するのを全部オートメーションにしておけばいいじゃんとか、複数の操作をしなければならないところを、ボタン一個で済むようにすればいいじゃんとか思うわけです。

でも、そうしてしまうと「致命的なダメージを受けた→すかさずボタンを一個だけ押す」という流れになり、「それは確かにリアルかもしれないけど、焦る感じがまるでゼロ」となり、リアリティからは遠くかけ離れてしまいます。

ここで言うところの「リアリティ」というのは、ロボット自体の設計がリアルであることは重要ではなく、「焦っているシーンであること」としてのリアリティが必要となります。そうなると、アレコレいじらないといけないほうが、結果的に「リアリティ」は感じられるという論法になると思います。これがいわゆる「リアリティを感じるための嘘」とでも申しますか、結構そういう視点で観るとアニメとかゲームでは、そういった論法をよく見かけると思います。

他にもドラマなどで観られる、セキュリティの硬いパソコンやネットワークなんかを、やたらキーボード操作だけでカチャカチャやって突破する、なんてシーンがありますが、そこも「マウス使えや」とした時点で、何かリアリティからかけ離れるような気がします。

これは、マウス=誰でも使える=庶民的、という無意識の常識があることに対し、キーボードを使う=賢そう、というイメージを誇張するために行われているものと考えられます。「セキュリティを突破できる=頭いい奴」ということを、映像を通してそれっぽく見せるための手法というわけですね。 

宇宙船がやたら隕石をかわすシーンも、屈強な刑事が鍵のかかったドアノブを拳銃一発で破壊するのも、お爺ちゃんが名探偵でことあるごとに殺人事件に巻き込まれる高校生も、宇宙を舞台にした話なのに全員地球語喋れるのも、現実的に考えれば「んなわけねーだろ!」と思うわけですが、そこはここで言う「リアリティ」を表現的に突き詰めていった結果なのだと思います。

ゲームなんかでもそういったことを表現するために用いられているものがたくさんあります。例えば飛空艇ってなんであんな設計で飛ぶんだよとか、なんで死んだ人間が教会に行くと生き返るんだよとか。全部「不思議力(ヂカラ)」って言ってしまえばそれだけなんですけど、何でもかんでもそれで片付けてしまうと先ほど話したバックボーンが薄くなったり、リアリティが無くなったりします。

ここは不思議力なりにちゃんと理屈、というか屁理屈を考えて、その中でプレイヤーである「現実の人」がスッと受け入れてくれるようにしていく必要があります。 宇宙人がやってきてーとか、隕石が降ってきてーとか、時空の歪みがどーたらでーとかとか。なんにせよそういったきっかけを一つ作って、そこから全ての状況が一本の線に繋がるようにさえ考えていれば、この「非現実的な世界」と「リアリティ」は同居できるんじゃないかなーと思います。

長くなったので今日はここらへんで~( :3 )<

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Lv.91 イベントレポ「第一回企業対抗『ウルトラストリートファイターⅣ』トーナメント」

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最近会社に私物のゲーム機を持ってって、お昼に「格ゲー部」と称して、格ゲー好きの仲間と遊んでいます。大きく分けて、ウル4(Ultra Street Fighter 4)勢とギルティ(Guilty Gear)勢。僕はスト2の時からこのシリーズが好きなので、ウル4勢。

ある時ネットで 「第一回企業対抗『ウルトラストリートファイターⅣ』トーナメント開催!!」という記事を見かけて、せっかくだったらこういうイベントにも出てみたいなーと早速応募。運がいいのかエントリーに受かったので、先日イベント会場に行ってきました!


ニコニコ動画で有名なドワンゴさんが主催。人様の会社に行くのはいつもワクワクします。これ、なんだろう。きっと会社のかたの名前が書いてあるのかな。知らんけど。


そのまま控室へ。すでに大会は始まっていたので、控室のモニターには試合の映像が流れていました。前日に遊びに行った「TOKYO OFFLINE PARTY」とは打って変わって、参加者の殆どがいわゆるガチ勢。僕みたいな万年初心者が来る場所ではなかったかなーと思いつつも、勝ち負けうんぬんよりもイベントの雰囲気を味わうことと、企業の宣伝タイムが30秒もらえるというオマケのために来たのが目的だったりします。


僕達は初戦シードだったので、待ってる間は人の試合を延々見つつ、僕と一緒のメンバーは控室にある試遊台で練習をしていたりしました。今回は企業対抗というのもあり、試合前には必ず名刺交換からスタートするという、独特な感じのイベント。


そして本番!先方俺!音速で殺される!なんか解説のももちさんが「あーーーっ。」って言ってたの聴こえる!っていうか、試合の前の日から「ももちさんに何回「あーっ」て言われるか大会」みたいに半分上段で言ってたけど、案の定相手チームのスクエニさんにフルボッコにされました。昇竜拳一発殴り返したから良しとす。


僕以外の二人は僕なんかより全然上手なんだけど、そもそもスクエニさんがガチ過ぎたのか、結果的に三人とも負けて、残念ながら初戦敗退となりました。というか、その後スクエニさんが結局優勝したしね。僕らが弱いんじゃない。奴らがセンスあり過ぎたんだ。

イベント自体は13時~21時ぐらいのスーパー長丁場だったんだけど、本当に楽しかった!後から会社に戻ったら、会社のホームページのアクセス数がいつもの何倍にもなってて、一回サーバーがおかしくなってたみたいですw


別会社でエントリーしていた昔の仲間にも会えたりとか、僕と同じ会社で働いてるかたの旦那さんがドワンゴさんで働いていたりとか、なんやかんやで大会以外のところでも楽しめました。前日から長時間イベント連チャンだったももちさん、さすがに眠たそうな顔してたw

ともあれ次回もぜひフルボッコにされないぐらいには修行して、また参加したいと思いました!ゲーム会社じゃなくてもエントリーできるみたいなので、ぜひ貴方の会社も参戦してみてはどうでしょうかー?

一応ニコ動プレミア会員であればタイムシフト動画で観られるようなので、ご興味とお時間があればどうぞ!当日の会場の雰囲気とか、各企業の腕前の高さが分かるかと思いまーす。

イベントの後日、カプコンさんのご厚意で大会参加者だけの特別な称号をいただきました!カプコンさん太っ腹!


さすがに試合が秒速で負けて消化不良だったので、帰りにゲーセンに寄るのでした。おしまい~( :3 )<


Lv.90 イベントレポ「TOKYO OFFLINE PARTY」

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最近格ゲーにハマってる僕にはワクワクのイベント「TOKYO OFFLINE PARTY」に行ってきましたー!

こちらのイベント、海外企業のEvil Geniusesのプロ格闘ゲーマー、ももちさんちょこさんによる、「誰でも格ゲーって楽しめるんだよ、みんなで遊ぼうよ!」的な、悶絶スーパー素敵イベントです(説明が雑)。なんと今回が一回目ということで、西葛西にある会場の東京アニメ・声優専門学校さんにお邪魔してきました。

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会場となっているスペースに到着するなり、先ずはその空間にびっくり!すでにイベントに参加している人達がウル4に熱中しているのも去ることながら、なんだこの楽しそ過ぎる空間はー!とワクテカしました。壁という壁が全部マンガなんだぜ。一年は引きこもれるなこの空間。

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僕も早くまぜろと言わんばかりに早速受付に行ったら、ちょこさんが直接対応してくれました。プロゲーマーのかたと初めて会えるのもあったし、ちょこさんもももちさんも以前からファンだったので、お会いできて嬉しかった!\(ΦωΦ)/ヤッターッ♪

受付を済ませていざ会場の中へ。年齢性別ゲームの腕もバラバラな人達が入り混じって、一緒にウル4を楽しんでいます。あー、僕もやりたいなーと思いつつももう少し会場の雰囲気を味わいたいのでウロウロ。今回のイベントのスポンサードをしているMONSTERをもらって飲みつつ、ウロウロ。最近は人の試合を観るのも好きなので、何人かの対戦を観察。

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別の特別スペースでは、ももちさんと対戦しながら直接アドバイスしてもらえるコーナーが!プロの人と一緒にプレイしながら教えてもらえるっていうのは、それだけでも凄いよなーと思います。こちら大人気につき整理券で順番待ちも、なかなか沢山の人には教えるのが難しいようだったみたいです。(その分順番が回ってきた人には、ももちさんが凄い丁寧にアドバイスしていました。)

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自分もそろそろ我慢できなくなったので、試遊台スペースで知らないかたと一緒に対戦プレイ!相手のほうが全然上手かったんだけど、いわゆる「ガチプレイが目的ではない」ので、ゲームをしつつも「ここをもっとこうするといいんだよ。」とか「この技にはこうすればカウンターが狙えるよ!」とか、お互いにコミュニケーションを取りながらプレイすることができました。こういうところは、ゲーセンやネット対戦では味わうことが出来ない楽しみ方だなーと、すごく関心しました。

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イベントも中盤に差し掛かり、来場者を3人組1チームに分けた「チーム対抗ウル4大会」のアナウンス。抽選で3人組が決められ、どこのチームでも「初めまして、こんにちは、よろしくお願いします。」のご挨拶。僕の組んだチームは、まだウル4を始めて2週間の17歳の青年、ネット対戦やゲーム大会でもガッツリプレイしている上級者のかた、そして万年初心者の僕の3人になりました。キャラが「ケン、ケン、リュウ」っていう、ふざけてんのか的な組み合わせに笑うメンバーww でもお互い道着勢だったので、大会が始まる前に試遊台でアドバイスをしながらされながらプレイ出来たのは良かったなーと思いました。

そして、いざ本番!大会は予選リーグと決勝トーナメントの二部構成になっており、まずは予選リーグで3対3の勝ち抜き戦。僕達のチームは一名を覗いて初心者だったのもあって、作戦としては「初心者二人が人柱になって、相手の動きをうちの大将に情報としてなるべく与える。」という方法でした。その上で初心者二人が一勝でもできたらラッキーといった感じ。というか、その戦法以外無いぐらいに実力差がありすぎたw

一回目の勝負は案の定初心者二人が速攻でやられ、そのあと上級者のかたが残り3人を全員倒すという作戦通りの展開ww 二回目の勝負はなんと僕が一勝!相手も初心者だったのかな。女性のかただったんだけど、コンボとかも綺麗に決めていたので、うわー上手だなーと思いました。そこからはまたボコられて、やはり上級者が無双する形で勝利!そして三回目も初心者二人がやられてたあとに3連続で上級者がボコるという形で、気がついてみたらリーグ戦は全勝突破しましたw 俺ぜんぜん仕事してないwww こういった組み合わせの妙みたいなところも、チーム戦だからこその面白さだなーと思いました。

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そんなわけで決勝トーナメント!さすがに決勝ともなると腕に自信のある人達が勝ち上がっているので、僕と高校生の子は案の定すぐにやられ、上級者のかたもめちゃんこ善戦したけれど、最終的には相手チームの勝利となりました。

ゲームなので勝ち負けという結果はあるものの、試合中も横で仲間達がアドバイスしたり、相手が勝った場合でも拍手したりと、本当にピースフルなイベントだなーと、遊んでいる最中もこのイベントの楽しさを強く感じていました。また、高校生の子も「このイベントに一人で来たので、誰ともコミュニケーション取れなかったら不安だった。でもチーム戦でこうやって仲良くなれたから、すごい楽しい。」と言ってました。本当にこのイベントのこういった細かい部分のプロデュース、全部が全部バッチリじゃないかと思うぐらいに、僕も関心しました。

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そしてあれよあれよと決勝大会。イベント自体は午前中から18時までと結構長丁場だったのですが、殆どの参加者がイベント終了まで楽しみたい!と残っていたのが印象的でした。

決勝大会終了後は、お楽しみ抽選会!事前に書いたアンケートが抽選券となり、どんどんと名前が呼ばれていきます。結構な数のプレゼントがあったのですが、神懸かり的に僕達のチームは誰一人名前が呼ばれませんでしたw

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そしてイベントの最後は、ももちさんちょこさんと記念撮影!お二人とも嫌な顔一つせずに、笑顔で応えてくれていました。自分だけというのもなんなので、僕はイベントで一緒にチームを組んでくれた3人と一緒に記念撮影!いやー、なんか本当にすごい記念になりました。完全にお上りさんのテンションですね。ストVのポーズな。

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イベントの最中に運営スタッフのかたと少しお話しをさせていただくことができて、その時に「日本でもこういった家庭用ゲーム機のイベントを広めたいという思いで開催した。遊びに来てくれた人達にもそれが伝わっていることが嬉しい。」と仰っていました。これは以前ブログにも書いたことと通じていて、まさに今僕が強く感じていることでもあります。逆に言えば僕だけじゃないんだと思えたことが、実はこのイベントに参加して一番の収穫だったかもしれません。ゲームを作る側の人間として、この「遊ぶ側、広める側」ということについても、改めて大切さを体感することができました。

一緒にチームを組んでくれた二人とはTwitterで繋がったり、高校生の子とは家に帰ってからもオンライン対戦を一緒にやったりと、色んなかたちで新しい出逢いができたことも、このイベントの素晴らしいところだったと思います!

僕も今後は何かしらのかたちで、ゲームって上手な人だけが楽しめるんじゃないんだよー、ゲームってもっと素晴らしいものだんだよーということを、是が非でも実現したいと思えた、最高に素敵なイベントでした。次回も楽しみ!(・ω<)bウヒョーッ♪

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Lv.85 見取り稽古

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最近は暇さえあれば格ゲーばっかりの大久保です。全然成長しないあたりが僕の駄目なとこ。

実は僕、格ゲーだけじゃなくって、本当の格闘技を5~6年習っています。30過ぎたあたりから、体力が落ちないようにしたいなーとか、どうせ何か習うなら実用的なものがいいなーとか思って、以前勤めていた会社の近くにたまたまジークンドーを教えているところがあったのがきっかけです。(最近サボリ気味だけど)

僕は時々、肩が痛むことがあるので、そういう時は練習をすることができません。とは言え休みにしてしまうのも勿体無いので、そういう時は練習に参加せず、他の生徒がやっているところを見に行ったりします。そして、他の人のやり方だったりクセだったり、良いところ悪いところを分析したりもします。そういうのを「見取り稽古」 と言うらしいです。

見取り稽古
ほかの人の稽古や試合を見て学ぶこと。優れた技や剣風、あるいは一本を評価できる「眼」も重要な技能であり、見取り稽古はその意味でも重要である。by日本辞典

確かに自分以外の人がやっているところを見るのはかなり勉強になりますし、その上で自分のやり方を再度確認してみたり、直したりなんてこともあります。また、自分よりも若い生徒にアドバイスをする時でも、「自分が正しく出来ていないことは、人には伝えることが出来ない。」なんて気付きや学びがあったりします。どうやったら相手に上手く伝わるか?なんてことも勉強になったり。

これって別に本当の格闘技だけに限ったことではなく、格ゲーでもなんでもそうなんですよね。僕はスト4が大好きなんですけど、全然上手くない。成長もしない。でも久しぶりにまたプレイし始めて、やっぱりもう少し上手くなりたいなーと思って。

なので最近は暇さえあればゲーセンに行って他人のプレイを見たり、明らかに自分よりも強い相手に対戦を挑んでみたり、家に帰ってもやっぱりYoutubeで上手いプレイヤーの動画をひたすら観たりしています。そうすると、「あぁ、こういう方法があるのか!」とか「確かに俺はこういう悪いクセがあるなぁ。」とか、やっぱり気付くことが多いんですよね。

これは仕事でもやっぱりそうで。僕自身、ゲームのお仕事をしていて「これだけは絶対誰にも負けない!」と思う要素は、一つとしてありません。ただ強いていうなら「自分より凄いと思う奴のことをよく見ている。」という観察の目はあるかもしれません。例えばデータの作り方、企画の発想方法、時間の使い方、人心掌握術、そういった色々な要素がゲームプランナーには必要なのですが、そういうのが得意なそれぞれの先輩や同僚を見て、「あ、それはいいな。上手いな。」と思ったら、必ず「俺流にコピーする。」をします。

そうすると何が起きるかって、Aさんの企画力、Bさんの交渉術、Cさんの仕事スピード術、そういった物が全部入りになった「結果的にオリジナルキャラ」が出来るわけです。元はコピーかもしれないけど、僕流のチョイスで一つの体の中に混ぜ込んだ時点で、それは他の人とも違う武器になるわけですから、有用なオリジナリティなんじゃないかなーと。いや、周りの評価は知りませんけどね。

ほんで、意外とこれって出来る人と出来ない人がいるなと僕は思っています。例えばコミュニケーションが苦手とか、アイディアを考えるのが苦手とか、時間を効率良く使うのが得意じゃないとかとか。若いうちは部分的に得意技があれば、リーダーや周りが支えてくれるから良いですが、ある程度年齢が行ってからも苦手なものをそのままにしていると、どこかのタイミングで伸び悩む時期が来てしまいます。

特にゲームプランナーっていうお仕事は、「絵とプログラムと音楽以外の全部をやる人」という特性があるので、得意技が一つや二つだけでは、賄えない部分がどうしても出てきてしまします。デザイナーでも「イラストは得意だけど、UIや画面構成を考えるのは苦手。」とか、プログラマーでも「構成を考えるのは好きだけど、バグの少ないコードを手早く書くのは不得意。」なんて人をよく見かけます。 

「苦手」というのは紐解いてみれば、「コピー力(ぢから)」が足りないのかな、なんて思います。そしてコピー力の根幹にあるのは、「自分よりも他人のほうが凄い」という尊敬の姿勢なのかな、とも。「僕は今までこういうやり方をしてきたので、それ以外のやりかたは知りません。やりたくないです。」みたいな雰囲気の人って、要するに「自分が大好き。」というのが根っこにあるおかげで、自ら成長を止めてしまっているように見えてしまいます。とっても勿体無い。

プログラマーでも、なかなかいい感じで仕事が出来ない人がいると、大体その人は「他人のソースコード見ていない。」という確率が凄い高いです。自分の家の庭をいじるだけで上手くなるのは10段階の2ぐらいまでがせいぜいだと思うので、そこから先はやはり他人がどんな風にしているのかを学ぶ方向にシフトしていかないと、気が付いたら幅の無い仕事を淡々とこなすだけの日々、なんてことに成りかねません。

面白いゲームを作るためにも、互いが互いにもう一段階パワーアップしたほうが良いのは言うまでも無いので、そういった刺激をし合えるチーム作りであったり、自身の日々の研鑽を心がけていければ、きっと誰にも真似出来ないクソ面白いゲームが作れるんじゃないかなーと思っとります。

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Lv.84 サービス終了のお知らせ。

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最近いろいろと未来の妄想をするのが趣味の大久保です。今日は、運営型のゲームにおいて避けては通れない件について個人的な所感をべろべろと。

まずはこちらをー。
サービス終了リスト2015上半期

一応数えてみたら271タイトル。多すぎて途中で見るのも嫌になりますね。しかも上半期でこの数字。

逆に言うと、それだけのタイトル数が世の中に出てると思えば、ある種の怖さすら感じてしまいます。個人的に思うのは、それだけのタイトル数に対して充分なプランナーであったり予算であったり、事業計画が本当にあったのかなーと。会社の偉い人が「儲かるらしいぞ、うちもやるぞ!」とか、「内容うんぬらとか細かいことはいいから、とっとと出して利益生み出せよ!」みたいな感じで、かなりいい加減にやったんだろうなーというのが正直なところです。(会社にも寄りますが)

僕もここ3~4年、パソコンのオンラインゲームも含めたら10年ぐらいソーシャルゲームのお仕事をしていて、何度か亜光速でサービス終了したものも経験しました。現場のスタッフたちにしてみたら、毎日毎日遅くまで頑張ってようやくみんなで作ったのに、まさかこんな結果になるなんて、と悲しい気持ちに苛まれるわけです。

なんつーか、ビジネスですから成功するタイトルも失敗するタイトルもあるのは分かりますけど、仮に一つのタイトルがローンチ(サービス開始)までに5~6千万かかっているとして、年間で500タイトルと考えたら、それだけで300億円という金額がドブにズバーンと捨てられている計算になります。当然サービスを開始した時点でプロモーションやら運営やらとランニングコストもかかるわけですから、実質はもっとかかっているかもしれません。(専門家じゃないので知らんけど)

ゲーム産業という観点で考えた時には年々売上高は上がっているので、まだまだ攻める企業もいるでしょうし、ビジネスなので当たったりハズしたりしながらなのは分かってるにしても、単純に「もったいないなぁ。」と思います。と言うかそんなにドブに捨てるんだったら、俺に無担保で10億貸してくれよ!!!(いつでも投資お待ちしております)

まぁそれはそれとして、そのサービス終了になってしまったタイトルって、本当に閉じるほどの物だったのか?というのも気になります。例えば毎月の売上が3千万のタイトルがあったとして、それは成功でしょうか、失敗でしょうか?個人的な答えとしては「活かしかた次第」だと思います。

当然その中にはどうしようもないぐらいのレベルの物もあるでしょうし、パズドラやモンストの売上が毎月ウン十億とか言われている世界で考えてみれば、ゴミに等しいと考える人や企業もいるかもしれません。ですが、例えば若手7人ぐらいで上手いこと回すことが出来れば、充分に利益化が可能じゃないのかなーなんて、僕は思ったりします。

「いやいや、このゲームは20人はいないと運営出来ないよ!」なんてふうに現場のスタッフ達は言うかもしれません。でも僕から言わせれば、そんなに人数をかけないと運用が回らない、売上が作れないような設計にしてしまったのだとしたら、もっと早い設計段階で気付くべきだったと思いますし、最中にプロデューサーやら上司やらは何やってたんだよと思ったりします。(それでいくらの売上をシミュレーションしていたんだろう?)

まぁ300億円なんて言われても実感のわくような数字じゃないので正直どうでもいいんですが、僕が何が嫌だって、仮に一つのタイトルに10人のスタッフが関わってたと考えたら、年間で5000人のクリエイター達が「超絶ガッカリした」ってことです。先述の通り、一生懸命頑張った努力と時間がゴミ箱行きなわけですから、損失した資金以上に、そっちの精神的ダメージのほうが会社にとっては痛手ではないでしょうか?

わりとここを軽視している会社もいるんじゃないかなと思うことがあるんです。そのガッカリしたスタッフ達が何を思っているかって言ったら、ただ単に残念だ、悔しい、と思ってるだけならまだしも。「この会社じゃダメだ。」「もっとちゃんとゲームを作れる会社に転職しよう。」なんてところまで考えが至ってしまう人だっていると思うんですよ。

そういった時に「辞めたい奴はいつでも辞めろ!」と言う態度の会社ならば、じゃあゲーム事業やめちまえとか、とっとと潰れろぐらいにしか思いませんが、「そんなー!辞められたら困るよ!」と考えている会社だったとしたら、なんでゲームというサービスに手を付ける時点で、思いつきにも似た浅はかな事業計画を立てたのかを全力で反省してほしいと思っています。

「プロジェクトが成功するのはスタッフ達みんなのおかげ」だと思いますが、「失敗するのはどこまで行っても会社のせい」なのだから。 スタッフがダメだったから失敗したゲームサービスなんて、本当は一つとして無いはずなんです。多分ね。

会社や上司の仕事っていうのは、そういった末端で頑張っているスタッフや若い子たちに「成功体験をさせてあげること」であり、「その情熱の火を絶やさないこと」だと僕は思っているので、ろくに知りもしないゲーム産業の世界に迂闊に手を出す前に、ちゃんとゲームサービスとはなんぞや?というのを経営者レベルでちゃんと勉強しろよバーカ!なんて思います。生まれたばかりの子供は大人がちゃんと責任と愛を持って育てないといけません。偉そうにごめんあそばせ~。ばぶー。

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Lv.83 中の中

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最近急にゲーマーづいている。というのも、今々お邪魔している会社に最近格ゲー部を作って、お昼休みにみんなで遊んでいるんだけど、今度ゲーム企業対抗のスト4大会にエントリーしようと思っているからだ。ルールは3on3ということで、3人でエントリーをする。

すでに上手な人が2人いるので、残りの格ゲー部メンバーで3位決定戦をやっているんだけど、わりとみんなグダグダな感じで弱い(念のために言うと、スト4はあまりやらないけど、他の格ゲーは大好きという人も部活には混ざっている)。そして僕もその中に含まれている。

僕自身はスト2の時代から20年ぐらいこのシリーズが好きなんだけど、いわゆる全然うまくない。波動拳は出せる、昇竜拳も出せる。スパコンウルコン出せますよ。だけど全然うまくない。セビキャンとか刺すとか置くとか5タテとか、何言ってるのかよく分からない。超絶久しぶりにゲーセンの対戦台で挑んでみるも、みんな上手すぎて何度もボッコボコにされてきた。

僕は前から自分のゲームの実力を「中の中ぐらい」だと思っている。スト4に限らず、マリオカートでもスプラトゥーンでもHALOでも、そつなくは楽しめるがプロっぽいことはなんにも出来ない。上手い人のプレイを見るたんびに、なんで同じゲームなのにこんなに速く見えるんだコイツらは、とドン引きしている。

でも基本的にはそれで良いと思っている。というのも、こういったみんなで楽しめるようなアクションゲームっていうのは、大体同じぐらいの実力同士でやるから面白い。自分だけメチャクチャ下手くそでもつまらないし、自分が馬鹿みたいに強くても面白く無い。そういう意味では「中の中でいること」自体は悪いとは思っていない。言ってもゲームなので、実力うんぬんよりも楽しめるかどうかのほうが重要なのだから。逆を言えばゲーム自体は好きなのだ。下手だろうが中の虫だろうが、僕はゲームが好きなんだ。

とは言えYoutubeとかでウメハラ(プロゲーマーでめちゃんこ有名な人)の動画とかを延々観ていると、もう少しぐらい上手くなりたいなーという欲求は出てくる。今日もゲーセンで人の試合を観ていて、結構勉強になったなぁと思うし、自分のプレイ時は負け続けたものの、色々と研究成果はあったと思う。

そんなもんで、久しぶりにゲーマー熱の高まった僕は、アーケードカード(プレイヤー名や勝敗ポイントを記録できるゲーセンのカード)を買ってみたり、アケコン(ゲーセンでよく見る格ゲーのレバーとボタンのついた形のコントローラー)の購入プランを考えてみたり、攻略本をポチったり、延々とプロゲーマーの動画を観たり。もはや仕事なんてしたくない、僕は24時間ゲームがしたい。(ダメ)

何年か前に勤めていた会社でもスト4大会を社内でやった記憶があるんだけど、その時よりはこの一週間でいくらか上手くなったような気もするので、なんとか今度の大会に向けてチーム3人のうちに入れたら、いや、とりあえず3人の練習相手として役に立てるぐらいには頑張りたいなぁと思う。それにしてもプロゲーマーってカッコイイね!

※ちなみにウル4での僕のプレイヤー名は「中久保さん!」です。実力が中の中なのと、中足を刺すことに命をかけたいという僕の怨念が込められています。見つけたら可愛がってやってください。

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Lv.82 変態宇宙

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以前も書いたことがありますが、僕は毎年、年始に自分のテーマを決めています。去年は「色んな人と出会う」で、今年は「もっと色んな人と出会う」 です。テーマに合わせて日々過ごしていると、本当に面白い人や、自分の知らない世界を持っている人がたくさんいて、とても良い刺激になります。そんなこんなで今日もちょっと前のパーティーでお会いしたかたとサシ飲みがてら表参道へ。 

VRを使った新しい未来に挑戦している「DVERSE」の沼倉さん。いわゆる”変態筋の人”です。VR自体は色々なところで話題を聞くとは思いますが、VR専門の会社を日本で作ってしまうっていうのは、結構稀有だと思うんですよね。

そう、変態。最近思うんですけど、闇雲にたくさんの人に会うのもいいけど、なるべくなら「自分よりも変態」と会うようにしたほうが良いなぁと。沼倉さんに限らず、僕の周りには変態が多いです。ゲームプランナーの変態、絵の変態、映像の変態、プログラミングの変態、音楽の変態、経営の変態。おんなじゲームプランナーっていっても、結構人によって変態のベクトルが違かったりして、結構そういうところも面白さだったりします。

変態と話している時は、とにかくワクワクします。僕もそれ相応に自分の世界を広げてきたつもりだったけど、そういう人に会う度に「うわー、俺の考え方ってせめーっ!宇宙って俺が想像しているよりずっと広いのねーっ!」と、驚きと感動、そしてちょっとの悔しさを覚えたりします。

そういう変態が集まると何が起こるかって、変態同士の化学反応が始まります。「僕は絵が描ける。」「僕は企画が出来る。」「僕はお金持ちの知り合いがたくさんいる。」じゃぁそれを掛けあわせて何か面白いことが出来るよね的に。その瞬間が本当にワクワク、というかゾクゾクする。

それで言うとゲームってのは、元々全然違う変態同士で寄ってたかって一つの物を作るわけですから、面白くないわけが無い。仕事となると色んな利害関係が生まれてしまうこともあるので、楽しいばかりじゃないのも事実ですし、僕も一時期はゲームを作る仕事に疲れていたけど、ようやくここ数年は本質的に楽しめるようになってきました。

少なくともエンタメの仕事をしているなら、何かしらの変態さっていうのは大きい武器になるし、普通すぎたり自分の中にある物を表現するのが苦手だったりすると、損することも多いんじゃないかなーと思います。ゲームプランナーを目指している人だったら特に「お前つまんないよな。」とか思われてたりしている人だと、結構致命的、というよりも仕事がキツく感じてしまうだろうなぁと思ってます。

今後はゲームに限らずもっと外側の変態と出会って、俺的宇宙をさらにどんどん広げていけたらなぁと思います。というか、自分がもっと変態になりたいってういのが素直なところだったり。

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Lv.81 コンセプトとかいらないんじゃないの仮説

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今日のエントリーはある種の思考実験なので、あんまり役に立たないかもです。

企画のお仕事をしていると、企画資料の中に「コンセプト」というものを入れます。これはゲームに限らず、その他の商品でもサービスでも、「基本コンセプトは◯◯◯です。」という、サービスの軸になる部分を一言で説明するために用いられます。そのほうがお金を出す側、判断する側が分かり易いからですね。必ずしも出資者の側がその類のサービスに精通しているわけではないので、余計にそういったことが重要視されるんだと思います。

僕もそういった類のことは常に色んなところでやっているのですが、最近思うこととして「そもそもコンセプトなんていらないんじゃないの?」と思うわけです。例えば新しいゲーム企画を考えます。「美少女でー、3Dでー、スマホでー、アクションでー。」みたいな。で、そこだけを抜き出したところで「似たようなものはいっぱいある。」となるわけです。で、似たようなものはダメなの?というと、以外と市場というものはそんなことが関係無いケースもあります。

例えばここ数年流行ってたようなソーシャルゲーム、カードゲームなんてものは、一体何個あるんだよと言わんばかりに各社がおんなじような物をアホみたいに出しています。ほんとに国内だけでも3ケタはあるんじゃないかと思うぐらい。ってことは99個は「何かしらの形でパクリ」なわけじゃないですか?似たようなものはいらない、価値が無い、市場に出すべきではないって理屈から考えれば、99個は「不要なはず」なんですよね。

でも、サービスの運営が続いているってことは、そこに一定の需要がある。会社的にも利益が生み出せている。となるため、「ほら、ビジネス的には全然アリなんじゃん。」 という真逆の結論が出るわけです。実際問題、タイミングさえ間違わなければOK的に他社のゲームをパクリまくって出している会社なんて、いくつもありますし、それでユーザーが遊びたい、楽しいと思わせてしまえば、オリジナルの出自なんてことはユーザーの知るところではない、というわけです。

じゃぁそういった世の中の屁理屈は良いとして、その似たようなゲーム100個の「コンセプト」は、それぞれ全部が違うものになっているでしょうか?西洋ファンタジー、学園美少女物、戦国女人化、三国女人化、スポーツ物、まぁ「見てくれの違い」という意味での大きな差別化はされているにしても、さすがに100個ともなるとダダッかぶりの物もあるんじゃないかと思います。要するに、明文化されたコンセプトなんて無い物もいくらでもある、ということです。

そうなると今度は「かぶらないように、かぶらないように」と、だんだんマニアックな方向へ見た目のコンセプトが進んでいってしまいます。戦艦の女体化とか、刀の擬人化とか、家電とか電車とかキノコとかとか。中にはそれでヒットしたものもあるんですけど、これがある一定以上の森まで迷いこんだ時に、誰かが冷静になって「…うんうん……いやいやいやいや!!」って突っ込まないと、本当に需要の無い物が生まれてしまうんですよね。僕から言わせれば企画提案者も経営者も何故もっと早い段階でそれに気付かなかったんだよバーカって感じなんですけど。むりくりひり出したテーマって、もはやソレ、コンセプトじゃないですよね。

かと言って経営者が「既存の物と被らない物を出せ!」とか言ってると、もはや詰んでるような気がするんですよね。「王道=NG、やりすぎな物=NG」って、ある観点からはダブルバインドなわけですし。被らないとうのは先述の通りユーザー的にはそこまで重要なことではなくて、そういったオーダーの根源は「我が社らしさ」とか言うイミフな企業のオナニー体質だと僕は思ってるんですよ。差別化とかって奴もあんまり僕は求められるのが好きじゃなくて。色が違うなら差別化だよバカ!と思うこともしばしば。

で、ですよ?そうなると「最初っからクソ真面目にコンセプトなんて考えないほうがいい。」という結論も、あながち間違ってはいないのかなー、と最近思うわけです。あくまで私的な考え方ですし、コンセプトそのものはいらないにしても「このゲームの一番面白いポイントは?」は絶対に必要なので、そこは履き違えないように注意するべきではありますが。

大体にしてほんとに頭の良い企画者であったり、投資を決定する側は「コンセプトは~」なんてクソまどろっこしいこと、言ってないと思うんだよな。「これを世間にぶっ込んだら沸くと思わない?」「それだ!10億出そう。」 ぐらいの秒殺で価値を決めると思うんですよね。何回も議論を重ねないと価値が見えてこないようなものなんて、最初の時点から怪しいと思っても、そんなに間違ってないのかなぁと。

そんなもんで、今後は企画書なり事業提案書を作る時は、敢えてコンセプトを書かないようにしようかなーと思っています。逆説的に「コンセプトなんて書いてなくても市場的価値を感じる。」物にすれば、結局は同じなのですから。おしまーい。\(ΦωΦ)/

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Lv.80 僕がアメリカに行こうとしていた話。

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僕は大好きな映画の一つに「ヒックとドラゴン」というのがあります。シュレックやカンフーパンダを手がける、ドリームワークスのフルCG映画。昨年には続編が全世界で公開され、記録的なヒットを出しました。日本以外で。

実はヒックとドラゴン2は日本では公開されませんでした。僕は海外版の予告トレーラーが公開された時、ワクワクが止まりませんでした。一作目が本当に素晴らしかったので、かなり期待をしていただけに残念を通り越して、怒りすら覚えました。

何故公開されなかったのかについての詳細な事実は分かりませんが、シンプルに言えば「日本で公開しても興行収入が見込めないから」ということだと考えます。恐らく一作目が日本国内ではそこまで振るわなかったのでしょう。

僕はこの映画が大好きですが、パッと見の華やかさという点で、その他のCG作品、例えばトイ・ストーリーとかベイマックスとかアナ雪とかに比べてとても地味な印象を受けます。そういったことも要因なのでしょうか。それとは反して内容はとても素晴らしいのですが。

続編の映画公開を期待した日本のファンたちによる署名活動も行われ、その活動を知ったヒックとドラゴンの映画監督も署名を行ったにも関わらず、結局全国ロードショーというかたちでの夢が叶うことはありませんでした。

しかしその活動もあってか、2015年3月以降、映画イベント系や地方でのプレミアム試写会というかたちでの公開が続々と決まりました。そして、ブルーレイやDVDという形で、日本語版を含めた続編が発売となりました。(やったー!)

当然ファンとしては嬉しいわけですし、実際に続編を本国よりも一年遅れだとしても観られたことに、喜びもひとしおでした(ほんとにメチャクチャ面白いよ!)。前作を超える物語や世界観、演出、僕の歴代ベスト映画にランクインしました。すでに3の公開も決まっており、とても楽しみではありますが、果たして日本で映画として公開されるかは不明です。

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ここまでは別に個人的なファンとしての気持ちを書いただけなので、どうでもいいんですが、実はこういったことが、ヒックとドラゴンに限らず最近増えてきてると思っています。いや、よくよく考えていたらずっと前からかもしれない。

例えばPlayStation4は日本のSONYが発売しているにも関わらず、日本国内では海外よりも半年遅れての発売となりました。それならまだマシでXBox Oneなんて、事実上存在していないかのような扱いです。MicroSoftは結局今年、東京ゲームショウには出展しないことが決まりました。

こういった諸々のこと、なんででしょうか。簡単に言えば「日本という市場にサービスを投入する価値が無い、または価値が"下がった"」からです。昨今ではゲームも売れない、CDも売れない、映画も振るわない、エンタメ産業に限らず、「若者の◯◯離れ」と言われて久しい時代となってしまいました。

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僕がゲーム業界に入ってすぐの頃、周りに「十年ぐらい経ったらアメリカに行く」と言っていました。もともとCGデザイナーだったのもあって、ハリウッドのCG映画制作に携わりたいと思っていたからです。というよりも、その当時から「アメリカで売れるものは世界で売れる」と思っていたからです。映画にしてもゲームにしても音楽にしても、世界の基準はやっぱりアメリカだと思っていました。

要するに、どうせ同じ苦労をするなら「出来上がった物を出来るだけたくさんの人に楽しんでもらいたい」という欲求が、「イコールアメリカ」という答えになっていたんだと思います。

それから実際に十年以上の月日が流れ、思うことが3つあります。 1つは「日本でも世界で勝負できる土壌がこの十年で”少しは”できた」ということ。これは通信環境が整ったことによって、以前よりも海外に向けて日本から色々な物が発信できるようになったということでもあります。とは言え=「日本の作品が世界でも売れる」と考えるには、まだまだ足りていないというのが現状で、その根本には「日本人は英語ができない。英語圏の文化を知らない。むしろ必要性を感じていない。」ということに尽きると思っています。そして今後もその点については解決しないのでは、と個人的には思っています。

もしも、もう少し時代が進んでリアルタイムの音声翻訳等が発達したとしても、結局のところは言葉が分かるようになっただけで、文化に対する理解そのものが進まない以上、この壁を越えることは難しいと思っています。本当に他国の文化を知りたいなら、やはり体ごと持っていくだけの気概と覚悟が無い限り、永遠のテーマになるような気がしています。

2つ目に「やっぱり日本は置いてけぼり」だということ。前述の通り大きいビジネスを動かす際には日本が二の次三の次にされてしまう。これはヒックとドラゴンに限らず、今後も日本で起きうる話ですし、それを解決、脱却するというのは時代が許さない限り、難しい問題だと思っています。

そして3つ目。これはクリエイター目線なのですが、「日本人が日本人向けのものを作ってたらダメ」だということです。当たり前といえば当たり前、でも気付いてみたらなんで?と思うことの一つに、音楽でも映画でもゲームでも、「日本人は日本人のマーケットに対して作品を作る」のです。しかも無意識に。それを敢えて何故か?と言われたら「日本人だから」と答えるでしょうし、それ自体はなんの疑問も無いように思いますが、冷静に考えてみれば「世界中の人に見せたくないの?」と思うわけです。

そう考えるようになってから、僕は物を作る時に「日本人向けには作らない」ということを決めました。これは日本人を無視しようという話ではなく、「どこの国の人だろうが面白いと思える物を作ろう。」ということです。当然そこには日本人もいます。実際に、日本のゲームや映画でも世界中で受け入れられているものはたくさんありますし、特定の誰かに向けた物を作るという考え方自体が、ビジネス的にもどうなのよと思うからです。

似たような話で、かつては「日本で売れた!じゃあ海外でも出そう!」みたいなマインドプロセスがありましたが、全くもってそれではダメで、「最初っから世界を意識して作ったものかどうか?」 が重要になってくる、そういう時代が来てしまったんだと思います。日本は言語的にも文化的にもやはり島国的な思想が強い国なので、エンタメ産業がこうなるのも、ある意味必然だったのかもしれません。

長くなったのでおしまーい。とにかくヒックとドラゴン2は面白いよ!(・ω<)bドーンッ

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Lv.78 今日のゴール。

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今日は大手企業に内定の決まった若手の子とご飯を食べてきました。来年の春までインターンという形で集合して、そこからは晴れてゲーム屋一年生としての道が始まるわけです。なんだろう、僕の場合は昔すぎて、自分がその頃何をやっていたのか、全然覚えていません。

今仕様書書いてるんですよー、結構締切が大変でー、プログラマーとちょっと関係がアレでー。みたいな、よく聞く話をしてもらいつつ、自分なりにアドバイスというか、こんなんどうですか的なことを一つ。

めちゃんこスピードを上げる、前にもブログで書いたと思いますが、スピードは武器です。おんなじものを半分の時間でできる。これは特に若手のうちは大きい武器になります。というか、逆に言えばまだ経験も無ければ特技も無い、センスなんであるかどうかも分からないわけですから、他の人と勝負できるところがあるとすれば、スピードぐらいしかありません。

可愛い女の子なら笑顔なり愛想なりが強烈な武器になるかもしれませんが、男の可愛い笑顔なんて見たくもありません。あとは元気ぐらいかなー。

ほんで、どうやったらスピードを上げられるかっていうのは前回書いたので良いとして、意識の問題というのも大事なポイントではと思います。例えば10時~19時の会社だったら、僕の場合は「その日の仕事は17時までに終わらせる。」という意識でやります。で、これがやってみると結構できてしまう場合もあります。(とうぜん業種や職業にもよりますが)

でも、ここで大事なのは「出来たか出来なかったか?」ではなくて「そもそもそういう意識を持って時間を使っていたか?」のほうが重要です。というのも、会社の規則では19時かもしれませんが、19時までに終わらせようと思ってやると、大体終わりません。会社が好きなのか残業が好きなのか知りませんが、大体そういう人は定時を過ぎても延々仕事をしているケースが殆どです。

当然どうやったって忙しい時期や、出来る人にばかい仕事が集まってしまうケースもありますが、基本的には労働時間は長ければ良いというわけではないのは常識ですし、もっと言えば法律で働き過ぎはよくありませんよとしているわけですから、上長が認めているにせよ暗黙のサービス残業にせよ、それ自体が良いということはありません。

そういったこともあって、僕はその17時までに終わらせるという意識は常に持つようにしています。それは別に意識高い系とかそういうことではなく、「早く終わらせて損することは何も無い。むしろ得することが多い」からです。

例えば上司に「この資料、5日で作って」と言われたとして、僕だったら「なんとか2日で作ろう。」と思います。もしも成功すれば3日も余るし、予定より一日遅れたとしても、まだ2日余っています。スピードが速いことよりも、この「時間が余る」ということが、後々大きいアドバンテージになります。

例えば上司に資料を早めに見てもらって、OKかどうかを確認すれば、修正の時間に充てることもできます。もしもOKであれば、とっとと次の仕事に着手することもできるし、 なんだったら気楽にYoutubeでも見てられるし、「最近ゲームを遊ぶ暇が無くて…」とか言ってるような人であれば、他社のゲームを研究する時間に充てられるわけです。定時になったらサッサと帰って、家でゆっくりするなり遊びに出かけるなり、好きなことをできる!どう考えても良いことしかありません。

仕事もやり切った!遊びもやり切った!今日の俺ゴール!!!と一日単位で自分を評価してあげられたほうが、次の日の自分もやる気があるし、ゴール設定が短いほうが人間は頑張りやすいというのもあるので、まずは意識として「17時で終わらせる。」と思ってやることを、個人的にはオススメします。あとついでに、「家に仕事を絶対持ち帰らない。」これも結構色んな意味で大切かと思います。

どうやったらスピードを上げられるかなんて細かいテクニックについては、ツールを死ぬほど使い倒せとか、ゴール設定を先に明確にしろとかぐらいしか無いので、そこについては自分流の方法で最速目指してくださーい。

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Lv.77 相棒制度

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僕がゲーム業界の中でも、不可知論的に信じていないことがあります。それは「プロデューサー兼ディレクター」という肩書きです。

仕事上押し付けられた、会社がまだ未成熟で、なんでもかんでもやらなければいけない状況だ、とか、そういう意味でなら分かりますが、本人が自信満々気にその肩書きを見せびらかそうとしているような人だったら、それが例え先輩だろうが有名なゲーム会社の人だろうが、僕は信用しません。

何故かというと、単に「全然別の仕事」だからです。ただでさえ一つの仕事だけでもフルパワーでやったら時間が足りないぐらいの大変な仕事なのに、それを二つも同時にキッチリこなす超人なんているでしょうか。少なくとも僕は「この目」では見てません。

もしそういった肩書きで傍目にバッチリ仕事をしているような人がいたら、恐らくは現場を丸任せにできるリードプランナーか、ないし外向きのスポークスマン的な存在がいるに違いないと思っています。

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僕は新しいチームや会社で仕事をする時に、まず「相棒探し」をします。しかも必ず二人。例えば取引先の期待役割が「ディレクター」だったら、「プロデューサー」と「プランナー」で、相棒になれる人を探しますし、横の連携という意味では「テクニカルディレクター」と「アートディレクター」を探します。もしもいなかったとしても、会社に要求するなり、名指しであなたにお願いしたいですと伝えて、 先ずは先に「チーム構成」を固めてしまいます。

他にも「ゲームのKPIを見てほしい」と言われたら、自分は"運営プランナー" という認識になるので、"開発をリードできるプランナー"と"データをじゃんじゃん作るプランナー"を探します。「ゲームの面白さ責任者」という立場だったら、「資金繰りの責任者」と「演出、世界観の責任者」を必ず確認してから動きます。

何故そんなことをするのかと言うと、前々から言っている通り、ゲームを作る仕事は「チームワーク」で成り立っています。ということは、チームの最小単位である「相棒」がいない組織では、チームどころかただの「グループ」になってしまう。要するに「チーム力が激減ないし無い状態」になるからです。サッカーなんかで例えればわかりますが、フォワードとキーパーを一人の人間が同時にすることはできません。レストランでも、店長としてホールでウェイターを捌きながらチラシを配りながら、キッチンで今日の天気や湿度に合わせて塩加減を調整することなんてできません。

要するに、ゲームだろうが他の仕事だろうが、必ず誰でも相棒が必要になります。上司とか部下とかではなく、仲良しでも友達でもなく、相棒。

そういえば最初に関わったプロジェクトでは孤独だった。今思えば「やる気のある奴にどんどん押し付けよう」という汚い大人たちにまんまとハマっていたのかもしれません。その後無意識に学習したのか、なんやかんやでその時々に相棒と呼べる存在がいたように思います。(向こうがそう思ってるかは知らんけども)

>( ε: )~

そして、相棒ができた時にすごく重要になってくるのが、「お互いが腹を割って話せるか」です。ただ役割をきめただけでは殆ど意味がありません。役割に囚われすぎているチームの場合、その意味が「なんかあった時に誰の責任にするか?」といったマイナスのトリガーとして機能している場合も少なくありません。面白いゲームを作りましょう、それで一儲けしましょう、というシンプルな目的から言えば、あまりにも無駄な時間とエネルギーだということが分かると思います。 

なので、僕は相棒に対してはいくつかのことを必ずします。ちょっとでも参考になれば的に書きます。

1・どこを目指すべきかをしっかりコンセンサスをとる
2・お互いの状況や得意事を把握する
3・同時に、お互いの「苦手」なことを共有、把握する
4・良い面だけを見せずに、困っていることはキッチリ話す
5・あとは優先度と時間の限り、お互いがお互いの仕事を一生懸命やる

わりとシンプルだと思うんですが、どうでしょう?まだ学生のみなさんにはあまり実感がわかない部分もあるかと思いますが、もし親友といえる友達がいるとしたら、上記の1~5がハマっているんじゃないかなーと思います。

仕事においては相手に100%の満足を得るのは難しい問題だと思いますが、上述のようなプロセスを踏むだけでも、お互いの信頼関係は一気にアップしますし、それが連鎖して「みんなに相棒がいる状態」となれば、それが大きなチーム力になると僕は考えています。

「うちは人数が少ないから相棒なんて無理だー!」とか「あんな奴と相棒になるなんて願い下げだー!」なんていう声なき声が会社さんによっては聞こえてきそうですが、人が足りないならサッサと上長に進言すべきですし、アイツが嫌いコイツがムカつくとレベルの低い話をしている暇があるぐらいならその時間で手を動かすべきだと思います。

だって、ゲームを面白くする、正しく作る上では"そんな事情"は知ったことではありませんし、そんな「時間が無い、お金が無い、相棒がいない」というクソみたいな状況で互いが互いに人のせいにしているような状況だったら、「じゃぁもうゲーム作らなければいいじゃん。とうか絶対作っちゃダメでしょ。」としか言えなくなりますもん。

発想と情熱だけで完遂できるほど、ゲームのお仕事は簡単ではないと思いますし、そういった地味で見えない部分に力をキッチリ入れている会社なりチームなりが、後から物凄い面白いゲームを発表したりするケースが多い、というのが個人的所感です。

泥の掛け合いしかしていないクソみたいなチームから名作が生まれてしまったら、逆に予定調和のクソゲーならぬゴミゲーが世の中に出てしまったら?いずれにせよ、たまったもんではありません。長くなったのでおしまーい。(・ω<)b


Lv.75 ふるまい

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僕はいわゆるプランナー的なお仕事をしているので、自分以外のプランナーをいつも観察しています。

自分とは違ったスタイルやセンスを持っている奴にはライバル意識がわくし、僕よりも経験豊富な人には尊敬しつつも盗んでやろうと思っています。経験がまだ少ない若手でも、やる気や前向きな姿勢がある子たちは大好きですし、僕もわずかながらでも成長の手伝いができればなぁなんて思っています。

その反面、「あ、こいつプランナーの仕事、分かってないな。」とか「適当にやりやがって、ふざけてんのか。」という感情がわいたりもします。これは個人的な「同職同位補正」なので、他の人がどう思うかは知りませんが、名札がプランナーでも、僕が認めたくないような奴も、いっぱいいます。

とは言え結果を出しさえすれば社会的には一人前というのも事実なので、僕が一々苦手なタイプに対してあーのこーの言うことはありません。そもそもに言わないと分からないような奴は、大体言っても分からない奴だったりするからです。

そんな中でもどうしても許せないことが一つだけあります。僕も人間なので。それが「挨拶」です。廊下ですれ違った時とかに会釈の一つも出来ないようなプランナーだけは、音速で俺的ポンコツ認定します。

まぁ、職業に関係なく、同じ屋根の下で働いてるんだったら、誰でもとにかく挨拶しろよぐらいは思っているんですが、それにしたってプランナーが挨拶できないっていうのは特別腹が立ちます。多分、自分なりにこの仕事に誇りがあるからかなぁと思ってみたり。

一応自分なりの理屈を説明させていただきますと、プランナー=「チームをリーディングする、まとめる、持ち上げていく存在」だと僕は思っているんです。ということは、自分の手前の作業をシコシコこなすだけではプランナーに非ず、というわけです。

以前からちょいちょい言ってますが、ゲーム作りはチームワークです。そしてそのチームを引っ張っていくのは、やはりプランナーなわけですよ。ってことは、単純に日々のタスクを捌くだけでは、本質的にはプランナーの仕事はしていないっていうことになります。チームの意識やモチベーションをコーディネートしていくのも大切な仕事の一つですし、仕事に限らず他愛の無い話や相談をしてあげられるような存在を目指していくべきなのかな、と思っています。(あくまで僕の理屈ではですよ)

で、その理屈から言うと、挨拶もろくに出来ないような奴が、どうやってチームをまとめられるのかっていう話。なので、僕は挨拶出来ないプランナーというものは、無免許で高速を爆走している違反者並みに危ない存在だと思っています。

実際に、僕が尊敬しているプランナー職の方々は、挨拶は当然ながら、日々の振る舞いにも気を使っています。チームメンバーは辛い状況に無いか、ガス抜きしてあげたほうが良いか、他のメンバーとちゃんとコミュニケーションをとれているか、そういったことを冷静に見渡しつつ、ちゃんとチームメンバーの一人一人が前向きになるためのアクションをしている人が殆どです。

例えば笑顔で挨拶されて、気分の悪い人なんていないですよね?毎日書く日報に返事を書いてくれるリーダーがいたとしたら、「あ、うちのリーダーはちゃんと自分のことも見てくれてるんだな。」と思いますよね?そうしたほんの少しのアクションだけで、チームの力は見違えるように変わってくることを、優秀なプランナーは知っているし、実戦しているんだと思います。

一見話が大きくなりすぎのようにも見えると思いますが、実際のところ、本質的には間違ってないのかなと思いますし、挨拶もろくに出来ないプランナー=やっぱりチームリーディングは出来てないケースがかなり多いかと思います。僕に言わせれば、タスクオペレーターではあるけれど、けしてゲームプランナーではない。

もっと言えば、目の前の一人も笑顔に出来ないような奴が、ゲームクリエイターとしてユーザーを感動させたいなんて言ってた日には、片腹痛いわけです。

これからゲームプランナーを目指すかたは、企画書の書き方とか仕様書の書き方なんて、どうせいつか覚えるんだから、ぜひみんなが爽やかな気持ち、前向きな気持ちになるような挨拶だけは出来るようにしておいたほうが良いと思います。実際問題、就職活動を控えている人だったら、すぐにそれを実感すると思います。コミュ症っぽい人と、元気に挨拶する人が面接に来たら、どう考えたって会社は後者を採用するでしょうし。

礼節無くして大功成らず。挨拶、とっても大事。

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写真素材:MIKA☆RIKA

Lv.74 MOTHER2好きの決心的な何か

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今日は朝の早い時間から、任天堂の岩田さんの訃報がありました。世界中のゲーム業界人、ゲームファンにとって、とてつもなく大きな衝撃となってしまいました。僕もMOTHER2が大好きだということもあって、一個人としても本当に悔しいです。

僕は毎年東京ゲームショウの季節になると、ゲーム業界のお友達が開いてくれるパーティーに遊びに行きます。そこには業界関係者がたくさん遊びに来るので、同窓会みたいな気分でいつもワクワクします。ほんで、一昨年のパーティーの時、ちょうど直前に岩田さんの前の任天堂社長、山内さんが亡くなられました。

そんなこともあって、パーティーのお酒を気分的には献杯というかたちで呑みました。それから二年、誰しもまさか岩田さんがこんなに早く逝かれてしまうだなんて思ってもいなかったでしょうし、また今年のお酒もそうなってしまうことに、特別な寂しさを感じます。

山内さんが亡くなられた年のまだ寒い時にも、鬼才と言われた飯野賢治さんが亡くなられました。数日前まで普通にTwitterでつぶやいているのを見かけていた中での出来事に、衝撃を覚えました。 僕は飯野さんのTwitterを今でもフォローしているし、ある時Twitterで絡んだら、他人の僕にも気さくにカッコイイ感じのリプライをくれたりして、嬉しかったのを覚えています。

一昨年のパーティーで一緒に献杯してくれたかたが、山内さんが亡くなられたことに「一つの時代が終わった感じがしますね。」と仰って、確かにまだ30年ぐらいの若い産業ではあるけれど、確実に時間は進んでいるんだな、と感じたのを覚えています。

僕はちょうど20年ぐらい前からゲーム業界を志して、その頃は毎週必ずファミ通を買って、毎回毎回ワクワクして。それから「自分も絶対面白いゲームを作れる人間になるぞ!」と思い続けて、今。

自分が想像していたような状況とはちょっと違うけれど、運良く今でもその気持ちは変わっていないようです。それも同じ業界で自分と一緒に戦ってくれた仲間や、何も知らない僕にたくさんのことを教えてくれた諸先輩方のお陰だと思っています。

ただ、その「ちょっと違う」というところ。あんまりうまく言葉に出来ないんだけど、そのまんまでいいのかな?と思います。だって、ちょっと違うわけでしょ。大体合ってるとしても、「ちょっと」違う。何が違うのかなーと5分ぐらい考えてみる。

で、多分今はこの言葉が一番腹落ちする気がしてるんだけど、僕は「ゲーム業界に携わりたい」わけではなくて、「面白いゲームでユーザーをワクワクさせたい。」っていうのが14歳の時からの夢、というか目標なんだと。その上で、ほんのちょっとだけでもゲーム産業全体にとって、良いきっかけを作っていきたいんだなーと。

何年か前から本当にいい出逢いがたくさんあって、自分自身色々と勉強をさせてもらいながら、おぼろげな次の目標も少しずつ見えてきました。

やっぱり僕はゲームが大好きだし、ゲームを作る仕事や仲間を誇りに思っているし、その「ちょっと違う」を、ここ数年かけて軌道修正していって、「みんなが好きなゲームを作る人。」になっていきたいなと思います。今の自分の表現力では、これが精一杯。

飯野さんや山内さん、横井さん、岩田さん。そういった人たちが頑張って作り上げてきた「ゲーム業界」の次の世代として僕自身、今一度初心に帰る気持ちで、「本当の自分」になっていこうと思います。んー、なんだかちょっとだけ、オネットから旅立つネスの気分。不安半分ワクワク半分。やったるぜー!

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Lv.73 知らない世界に突撃するおはなし。

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最近、自分なりのゲームプランナー論というのを、なんとなくですが確立しようと思っています。というのも、僕自身このお仕事を十年以上やらせてもらって、最近では若い子や学生たちに教える、というか伝えるような機会が増えてきたからです。

何年かまでは自分自身が頑張れば良くて、経験から得たことはあくまで”自分の感覚”でやっていたため、「一々言葉に落としてなかった」 のです。そうなると、自分がやってきたことをいざ伝えようとなった時に、どういう表現をすれば良いのかが、ここ数年の課題だったわけです。

で、自分なりに色々な表現方法を試してみる。それでも場合によってはなかなか伝わらない。当然自分と相手では経験してきた量であったり、それに伴う視野だったりが違うわけだから、一朝一夕で身につくものばかりではないわけです。

そんなことを何回か繰り返していくうちに、自分の中で一つだけ行き着いた答えがあります。「作法や技術なんて、誰だっていつかは覚えるから、それよりももっと大事な事がたくさんある。」ということです。何を言いたいかと申しますと、ゲームプランナー?というよりもエンタメ系クリエイターというものは、表現方法の違いこそあれど「面白いを作る。」「面白いを提供する。」ということが唯一にして最大のお仕事です。

眉間にシワを寄せてエクセルをカチャカチャすることはあくまで手段であって、その先に何を作って、何を世の中に出して、それを手に取った人たちにどんな感情になってもらうのかが、とっても大事なわけです。そうなると当然ながら「作り手である自分自身が、楽しんでないと意味が無い。」ということになります。

ほんで、それは仕事だけに限定してしまうのも、本来はおかしいと思うわけです。ゲームに限らず、世の中には面白いことがたくさんあります。知らないことがたくさんあります。そういった「外の世界にあるもの」については、どんどん積極的に興味を持とう、というのが、今の時点で僕ができる唯一のアドバイスな気がします。

実際のところ、僕がゲーム業界にいて「この人面白いなー。」「この人は素晴らしいな!」と思う人は、大体ゲーム以外にも熱中しているようなものがある人のほうが断然多いです。かくいう僕も、ここ5~6年、ずっと格闘技を習っていたりします。まだまだ上手になりたいと思いますし、ゲームのお仕事が「頭を使って体は不健康」なお仕事なので、バランスを取るという意味でも、結構楽しんでやれていると思います。

そんなわけで「やったことが無いことはやる。」ぐらいの気持ちで、時間なり興味なりお金が許す限りは、自分の世界をどんどん広げていく奴のほうが、将来的に最高のエンタメ屋になれるんだろうなーと思います。最後に、僕が最近やってみた新しいことをいくつか紹介しますねー。

1・ガチャガチャの本体を買った
ちゃんと業務用のやつ。家にガチャガチャあるって、ちょっと憧れるでしょ。 
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2・EMS干渉波を体験した
あの「お腹にまくだけで腹筋運動」ってやつ。どんなもんかなーと思いつつ、普通にテレビショッピングで購入。スイッチ入れて、強度を上げると「ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ !!!」ってなります。
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次はどんなことしようかな~( :3 )<

Lv.70 ゲームプランナー本を書いた時の話。

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今月はあんまりポストが少ないですね。ネタはあるけど文章にまとめるのがめんどいだけです。

うん、文章がめんどい。僕は文章が苦手です。多分、あまり言葉を知らないし、世の中を知らないからです。そんな僕でも、本を書くことができました。不思議ですね。

以前もどこかで書きましたが、「僕が何故本を書いたのか?」については、実は色々な理由があります。

1・こういった本がいつか出てくるのを待っていた。でも10年経っても誰も書いてくれなかったから自分で書いた。
2・こういう本があれば、それをきっかけにゲームプランナーを目指す人が増えると思った
3・本を一冊書けば、それが「実績になる」と思っていた
4・印税生活
5・上から目線への逆襲
6・文章の練習


本を書こうと思った一番のきっかけは、上述の1、こういうのを本当に誰も書いてくれなかったからです。世の中の他にある職業だったら参考書はいくらでもあるのに、ゲームプランナーの本が無かった。有名なクリエイターの誰かが作ってくれれば、みんな買うと思ってたのに、誰も作ってくれない。じゃぁいいよ、自分で書くよ。みたいな。有名無名なんて気にしてたら、これから先も誰も書いてくれないだろうと思ったからです。

ゲームプランナーを目指す人が増えたら。これも実際は後付ですが、きっかけが掴めずに諦めてしまうような人が一人でも増えれば、将来「自分が楽できる」と思ったからです。ある程度業界が長くなれば、当然それなりに責任の大きい仕事を任されます。そうなると、いつまでも自分が新人の頃にやっていたようなことをやり続けるわけには行きません。が、しかし、ゲームプランナーは本当に業界的にも足りていないのが現状です。

そうなると、「自分一人で三人分の仕事をする。」という場面に出くわしているプランナーのかたも多いかと思います。実際僕も過去にはそんな経験を何度もしています。若いうちは根性だ愛情だ残業だで頑張れるかもしれませんが、年をとった時に同じような体力のかけかたを出来るわけが無い。だから後進を今のうちに育てておく必要があるかと思ったからです。ゲーム業界の十年先、二十年先のために。

ほんで「実績」。本来、実績というのは他人に認められてこその物だと思いますが、本を書く=ほぼほぼ自努力だけで「なんちゃって実績」が作れるからです。「本と書いてる人=なんだか偉い人、なんだか賢そうな人」みたいな世の中のイメージってありますよね?僕、ぜんぜん中卒なんですけどね。

当然物質的な本という形になるためには、出版社さんや編集さん、DTPデザイナーさんなど、本当にたくさんの人の力が合わさっての結果なわけですが、中身という意味では自分の努力でどうとでもなるとでも思ってたので、それならと頑張ってみた次第です。そういう意味では、本の企画提案を宝島社さんが受け入れてくれたことや、編集長に掛け合うべき価値がある!と思ってくれた編集担当さんの判断、編集長から突っぱねられても押しの一手で諦めずに提案し続けてくれたことが、僕にとっては一番の実績、評価だったのかもしれません。

本を一冊書くと、色々なところからお声がけいただく機会が増えます。「本を読みました!」「とても勉強になりました!」「ぜひうちでセミナーをやってほしいです!」そんな感じで新しい出会いがあったり、お仕事をいただく機会もあります。そういった「次へのアクショントリガーとして、本をそこに置いた」というのも、実は本を書いた一つの狙いだったりします。

印税生活。さすがにこれは全然意識してませんでした。お金はもらえたら当然嬉しいですが、こういった類の本なので、100万部とか売れるものではないのは最初から分かっていましたし。どちらかというと、ずーっと何年も必ず何冊かずつ売れていく、そういった息の長い本になってくれたらいいな、という願いはあります。

上から目線への逆襲。この本を書く前に、とある人に「今本の企画と提案用の粗稿を書いてるんですよ。」と言った時のこと。「んー、まだ出版社にも提案してないんでしょ?こういうの初めてなんでしょ?しかも人と書いてるんでしょ?その人も初めて?じゃぁ途中で頓挫するね。」と。

こういうの言われると、俄然「見てろよクソヤローが、テメーの狭い尺度で偉そうにモノ語ってんじゃねーぞ。(憤怒)」と思いました。基本、叩かれると反逆したい性格なので。で、一応それは成功したわけです。一応ね。やったー。

で、最後が「文章の練習」。いざ本を一冊書き切ってみると、これが一番の目的だったのかとさえ思います。僕は本当に文章が苦手です。仕事でも文章系のお仕事はお断りするぐらいに。とは言え一応ゲームプランナーなので、いつまでも苦手と言っているわけには行きません。完成した本はそれなりに見やすいように仕上がったかと思いますが、少なくとも250ページぐらいのボリュームを、20~30回は読みなおしましたし、構成やら言い回しやら誤字やらを、何度も何度も直しました。自分が気に入らないところが無くなるぐらいまで、それはしつこく。

実はこのブログも、一回書いて浸け置きして、見直しつつもリライトしてから公開している場合もあります。書きなぐっただけの時は、かなり文章や表現力が酷いのは今も変わらないから、せめて読む人が少しでも読みやすいようにと、一応直すわけです。

そんなもんで、本の原稿を書き始めた最初の頃のなんて、小学二年生の作文レベルだったような気さえします。そして何十回も見なおしたとて、やはりそこは文章の素人。最後の最後は編集さんの多大なる力によって、みなさんが読んでいる、とっても読みやすい完成形となりました。 

本の企画提案をしたのが7月、お店に並んだのが10月。なんてスピード感なんだ。ゲーム業界のぐだぐだ進行とはエライ違いだ。夜中の3時でも平気で鳴る電話。出版業界、怖いっ!!!この三ヶ月の濃度は、ここ数年でも一番ぐらいの濃さだったように思いますし、その短い期間でかなり色々なことを勉強させてもらったように思います。

そんな感じで、特にとりとめの無い日記になってしまいましたが、何か物を作るときのきっかけになれば幸いでーす。 アプリ・ゲームプランナー完全マニュアル、買ってね!←(・ω<)bティーンッ

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写真著作:怕水的青蛙

Lv.66 omnibus

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今日は一つのことじゃなくて、日々の所感を適当に。

「反省だっちゅ~の」
今々3Dキャラクターを使ったゲームの制作をしています。企画の僕はグラフィックアーティストに、キャラクターの"モーション"が何種類、どんな物があるかをオーダーします。立ち、歩き、座り、攻撃、被ダメージ、そんな感じで。これで良しと思って数日後。アーティストから連絡が。

「大久保さん、モーションリストの"だっちゅ~の"って何ですか?命令形ですか?」

アーティストはイギリス人だった。伝わるわけが無い。なんだったらもう二十年近く前のギャグだ。 むしろ「命令形ですか?」のくだりに「…確かにそういう解釈もできるな…。」と吹いてしまった。

資料を作る時には「受け取る相手が分かるように」と言うのを普段から気をつけていたつもりが、思わぬところで気付かされ、久しぶりに恥ずかしいな自分、と思った。

今進めているプロジェクトで日本人は僕だけだ。あとはイギリス人と韓国人。打ち合わせは日本語のできる韓国人が通訳してくれるので問題無く進行するが、伝えてほしい意味や言葉を選ぶのは難しい。「女豹のポーズで!」っていうのも伝わらない。

でも久しぶりに「伝わらないって面白い。」と思ってる。新鮮なメンバーと熱いタイトル作り。


「人間観測」
自分が一番可愛いと思うタイプの人間は、日々の選択を目先の損得で考える傾向にある。自分が得にならないと思うことにはエネルギーを注げない。その上で自分にとってのリスクに対しては「最低限の労力」で回避しがちなため、結果的に「外面だけは良い」というケースに必然的に収まっていく。最近そういった人間が身近に少し多かった。

人の顔色ばかりを伺っているというのは、むしろ自分がどう見られたいかという欲求の裏返しでしかない。端的に言えば、他人にはまったく興味が無い、そのくせに他人を脅威だと思っている。自分が幸せになるためには人を幸せにするための行動をとる、という理屈が筋としてかよっていない。

あくまで自分の損得勘定に対して、論理的ではなく感覚的に、無頭ガエルの脊髄反射だけで泳ぎ続けている状況。世の中には色んな人間がいるから、それはそれでどうぞとは思う反面、十中八九その向こう側にあるのは袋小路。気が付いた時には自分のことを誰も見てくれていない状況になる。

良く思われたいと思っていたはずが、誰からも心を貰えなくなる。思い描いていたものとは、まるで反対の結果しか残らない。とは言え自業自得、他人が助けてあげられるものでもない。人に好かれたいと思うなら、とても単純な話、先ずは全裸になるところからだ。お前のパンツの色は何色だ。


「ぼく」
気が付いたらここ数ヶ月で変な肩書きが増えている。本職のゲーム屋、会社の取締役、ゲームの家庭教師、専門学校の先生。本を出して以来、色々なかたからお声がけいただけるようになった。そんな中で「こんなことをやってみないか?」というお話。

僕は大体、熟慮もせずにその場で「あ、それでお願いします。」 と言う。単純に言えば、やったことが無いことを経験してみたいと思うからだ。もう少し言えば、こんな僕に少しでも可能性を感じてくれていること自体とても嬉しいし、チャレンジしてみたいとも思う。その先にお互いにとって、今よりも少し新しい未来が待っているのならば、挑戦しない理由は無い。そもそもよほどのことが無ければ死にゃしないし理論。

とは言え僕は人よりも肩書きに興味が無い。そんなのは後付けだからだ。何をやってようがやってまいが、僕は僕なのだ。今日も一日の終わりに宇宙まとめを見て、XVIDEOに新しい未来を探しに行く。それが僕なのだ。


Lv.65 イベントレポ「Tokyo indie Fest 2015」

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行ってきましたTokyo indie Fest 2015

3日間開催の最終日。ゲームの体験よりもイベントの雰囲気を感じてみたいというのが目的だったので、わりとギリギリに行きました。そしたら大きく2つの問題が。

まず一つ。サイトを見ても分かる通り、会場の住所は書いてあるのに、その建物の何階のどこでやってるのか分からない。おかげで建物内をウロウロするハメに。なんつーんだろ、ちゃんと詳細まで書いておけよと。こっちはギリギリで行ってるんだから、こういうちょっとしたことで時間をロスるのって、ゲームユーザビリティ的にイケてないと思うんだよね。結局警備員さんに訊いて解決。

そして二つ目。入り口付近まで行ったら、「Closed」の文字。「えっ?」いやいやまだ16時20分だぞ、イベントは17時までって書いてあるじゃん。気になったので扉を開けて中へ。

俺「あの、Closedって書いてありますけど、入れないんですか?」
中の人「あ、はい、チケットも売り切れちゃいましたし、もうこの時間なので片付け始めちゃってるので、入場できないんですよ~。」
俺「……。(2秒考える)」
俺「いやいやいやいや!!!サイトに17時までって書いてますよね(憤怒)!?この時間だと分かってた上でこっちは来てるんですよ(憤怒)!?!?なんだったらイベント会場の詳細分かりやすく書いてないもんだからウロウロしたせいで余計に遅れてるんですよ!!?!?!!片付けとか売り切れとかそっちの都合だろうがシラネーよファーブルスコ!!!ファーブルスコ!!!!!(激昂)」 

中の人「…(はわわ)…少々お待ちください。訊いてきます……。」

1分後

中の人「…大変すみませんでした……。もう閉館前ということなので入場料1500円のところを1000円でよろしければ入場可能です。」
俺「(最初っからそう言えよぉぉぉおおお!!!!!!)あ、それで。」

なんだろ。日本で初めて開催するし、イベントを運営するのってとっても大変だと思うんだけど、こういうゲームのイベントにおいてそういう対応はどうなのかと。なんだったら僕は無理やり扉開いて入ったから良いけど(良くないけど)、近くに中学生の女の子二人組みたいな子がウロウロしてたのよね。あの子たちもきっと入りたかったと思うんだよね。せっかくの素敵なイベントなのにこういうことで損するのって、良くないと思う。文字に書き起こしている以上に腹が立ったし、そんな気分のままイベント楽しめるわけ無いだろ的な。まぁそれはこのぐらいにして。 

~( :3 )<バカヤロォーッ!

会場の雰囲気やゲームの内容はと言うと、インディーゲームと言いつつもプロの現場で活躍している人が出展しているケースが多かったのもあってか、クオリティの高いタイトルがとても多かったように思います。その上でチャレンジングなタイトルや、昔の良きゲームデザインを進化させた物、体験はしなかったけどoculus rift系も多かったなぁ。

デモプレイはいくつかしか出来なかったんだけど、簡単にご紹介。

Pixel Pirate」 
昔懐かしいドット絵の横アクションゲーム。基本的にはジャンプとパンチだけでどんどん進んでいくタイプ。途中で拾った武器を使えばパワーアップ。操作は簡単だけど難易度が高めだったので、結構速攻でぶっ殺されました。

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宇宙戦士ガラク-Z
全方向型探索シューティング。機体の操作に左右のアナログスティックを使うので、シューティングというよりもトップビューのTPS感覚。ただし舞台が宇宙なので、加速したら慣性で機体が動き続けたりと、なかなか最初は慣れるまで時間がかかる。パッと見はレトロフューチャー感があるけど、触ってみると結構細かいところのクオリティにこだわりまくってて、個人的には新しい体験でした。



もう一つ全方向型STG遊んだんだけど、タイトル聞くの忘れたなー。そちは弾幕系でした。イベントの雰囲気自体は大体掴めたので、また来年も行きたいなーと思いました。追い払われるの嫌なので、今度はもう少し早く行こうと思うし、今日の僕みたいな扱いを受ける人がいないように、委員会の人に進言しようかと思う。僕全然イベント運営に関係無いんですけどね、それでもゲームと名の付く物で嫌な気持ちになる人を増やしたくないので。

まとめ。知り合いがとにかく多かった。10人ぐらい会ったかなぁ。よく呑む人、自著でインタビュー受けてくれた人、7年ぶりぐらいに会う人、というか出展者側にも5人ぐらい知り合いが(全員外国人)。海外発のイベントだからなのかもしれないけど、日本からの出展が思ったよりも少なかったなぁという感じを受けたので、もっと日本でもインディーゲームが盛り上がっていけば良いなと思いました。今日はおしまひ。

L.64 せっかく一生懸命つくったのに……

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今日も凝りずに念仏。

僕が十何年前にゲーム業界に入った時に一つ思ってたこととして「よーし、これからゲーム業界で頑張って、絶対面白いゲームを世の中に出したるぞ!!!」という熱量や意気込みがありました。今でもその気持ちに変わりはありませんし、そこに1ミリでも近づくために何をすればいいのか、日々思いを巡らせています。

ゲームというエンタメ産業をやっている以上はプランナーに限らず、先ずはこの気持ちがとても大切だと思っていますし、そこが足りていない人には正直なところ、ゲームの仕事に関わってほしくないなとさえ思っているぐらいです。

ただ、そんな中でも「熱があればいいってもんじゃないっしょ。」と思うような人も時々いて、その振る舞いが目に余るところがあります。思いつく限りまとめる。

1・人の話を聞かない人
なんの根拠化自分の考えたアイディアが一番だと思い込んでしまい、周りからの提案や注意を受け入れられないタイプです。会話力の基本が足りていないせいか、相手の言葉の真意を汲み取れない人に多いみたいです。心理学的にも「心理的リアクタンス」っていう状態になりやすい人、自分のアイディアを否定される=自分自身を否定されているような気分になってしまう傾向があるみたいです。ひどい人だと、いつの間にか勝手に色んな物を作ってしまう人なんてのもいました。こうなると心を柔らかくする運動をしてからじゃないと手がおえません。

2・世界観にこだわりたいとか言う人
一見良いことに聞こえますよね。しかしゲームを作る以上は世界観や物語、キャラクターも超絶大事ではありますが、それらを作りこむためにはそれ相応の時間がかかります。当然ながらゲームを作る上ではそればっかりやっているわけにもいかないので、限られた時間や予算、人員の中で「バランス」を意識しながら一つの物にまとめていく必要があります。そう考えると、一人の人間が「このゲームは世界観が重要で~、僕もこだわりがあって~」と意固地になって、いつまでもそこから手を離さないようなことをしている場合は、プロジェクトに大きなダメージがあるケースも少なくありません。

組織的な決定で言ってもプロデューサーやディレクターが上流であるのは変わらないので、必要以上の領域に対してシナリオ屋さんやアートディレクターが踏み込んできたり、自分の拘りを押し付けてくるのは単に迷惑なだけだったりします。ともすればプロジェクトを私物化しているようにも見えます。そのアイディアが圧倒的に価値がある場合以外は、お前のしょうもないオナニーに付き合わされる側の身にもなれよ、としか言えません。僕的にはスーパーめんどくさいので、「それやることで売上が上がるんだっけ?」と質問して、とっととスレストしてしまいます。

僕の知っている本当にプロとしてご飯を食べているようなシナリオ屋さんやアート屋さんは、あくまでプロデューサーやディレクターがどこへ向かおうとしているのかをキッチリ嗅ぎとって、それに合わせた最高のアウトプットを叩き出してくる人たちです。

3・勿体無いとか言い出す人
ゲーム制作では、せっかくみんなで頑張って何ヶ月もかけて作ってきたものでも、ゴミ箱にポーンする時があります。理由は様々ですが、AとBという選択を迫られた時に、Aを捨ててでもBを選択したほうが、結果的にユーザーにとって良い物になる=自分たちにとっても良い、という判断がそこにあるからです。

当然一生懸命作ってきた側としては「せっかく一生懸命作ってきたのに」と思いますし、思い入れや愛着もあるのは分かります。とは言え、いつまでもそこにすがりついていたところで、ゲームそのものが良くなるわけではありません。何かしらの決断が降った以上は、気持ちを切り替えて新たに頑張るしかありません。

そういった事が日々、ゲーム単位でもシステム単位でもイラスト一枚でも起こりえるのがゲームのお仕事です(計画性が無いでそうなった場合は論外ですが)。そこはもう「じゃぁもっと良い物作ってやんよ畜生めぃ!!」と思えるぐらいのメンタルと気概が無いと、このお仕事をするのは正直キツイと思います。無数の屍の上に、名作が立つんです。

4・アーティストぶってる人
「俺、キャラとストーリーと音楽にはこだわりたいんだよね~。」とか、面白そうなとこだけやりたいって言っちゃう感じの人。ゲーム作りには仕様書作成とかデバッグとかスケジュール進行とか、クソつまんないけれど悶絶大切な仕事もたくさんあります。そこを誰かに丸投げにしておいて、おいしいところだけ食べようとするのは、ハッキリ言えば迷惑ですし、ゲーム作りをする人間としては何も足りていません。ラノベ作家か映画監督にでもなってくださいと思います。

ゲームに限ったことではないですが、お仕事なんて大半が地味なことばっかりです。それを喜んでやるような人なんていません。かと言って、それが無ければそもそも「お仕事としては成り立たない」んです。そういった苦味も受け入れて真剣に向き合える姿勢が無ければ、他のメンバーと同じ土俵でやれるわけがないのだから、とっとと他の業界行くなりなんなりしてくれよと思います。 

5・言うだけで行動しない人、できない人
ゲームにおいて、ふいに降りてくるアイディアというものは、時として神からの思し召しかよと思うぐらいに価値があります。ゲームを作る上では「面白くするアイディア」「効率良く作るアイディア」「より華やかに感じるアイディア」などが日々飛び交っています。そんな中で、アイディアとは呼べないレベルの「理想」は言うくせに、どうすればそれが実現出来るのか、それを責任持ってやれるのかという話には一切触れようとしない輩もいます。口先だけの人が職場で嫌われるのはどこの業界でも当然のことだと思うので、例に漏れずゲーム業界でも迷惑なので、出て行け~。 オマエゲーム作るな~。

6・かと言ってクリエイティブを見下している人
1~5でボロカス言った手前アレですが、以前若手プロデューサーでちょこっと成功した瞬間に態度が急変した奴がいて、「ぶっちゃけクリエイティブがどーのとか言う奴、ウザいんすよね。売れるかどうかに関係無いことに、労力割きたくないんスよ。」みたいなことを10年先輩の僕に知った風にほざいてました。まず礼節がなってないのは体育館裏で腹パンするとして、「じゃぁオマエってさ、一体何作ってんの?それ、ゲームじゃないの?」と思いました。

金を稼ぐだけだったらゲームの仕事なんて非効率極まり無いですし、その若者は他社の成功例をひたすらパクるだけで、自分の中からイノベーションを生み出そうという姿勢や気概が感じられない小粒キャラでした。実際にその後どん詰まってたみたいだけど。(まぁ若いから多少はしょうがないけどね)

僕の持論ですが、プロデューサーは一番偉いわけじゃなくて、プランナーやプログラマー、デザイナーさん達にお願いをして、力を少しずつお借りして、みんなを成功体験へ導くのがお仕事です。デイリーの売上だの課金率だのについては一生懸命講釈をたれるわりに、チームビルドやユーザーの気持ちにはまったく興味無い、ゲームに思いを込められないような時点で、売上を達成してようがしてまいが、僕から言えば三流です。

(ΦωΦ)ニャーッ!!

そんなわけで、一見お仕事において一生懸命考えている、こだわっていると思えるようなことでも、冷静に考えたらイケてない考えや自分に気付けるかどうかというのは、結構大切なスキルだと思っています。ゲーム作りはファンタジー世界のことではない。これでもかと95割がリアルなので、そこらへんを踏まえて頑張っていきまっしょい!

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Lv.61 Z戦士

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今日はただの私的念仏。

数年前に一緒のプロジェクトだった仲間達との呑みでした。その中の一人が新天地で頑張るということで、卒業お疲れ様&新しい場所でも頑張ってね的な。当時一緒に戦っていた10人にも見たない小さなチームのみんな。今となってはみんなバラバラの場所で、それぞれの道を歩いています。

ゲームのお仕事に限らないかもしれませんが、転職することは決して珍しくない業界です。僕も今まで4つぐらいの会社を転々とし、フリーになってからもたくさんの会社にお邪魔しています。それがグルっと巡り巡って、また昔の仲間と仕事をする機会なんかもあったりします。

僕はその時々で、本当に良い仲間に出逢うことができているなと思います。いつかまた集まって一緒にやりたいな、と。でも、恐らくそれは叶わないんだろうなとも考える。何年か経てば、みんな偉くなったりお給料が上がったり、新しいことに興味が出たり、大切なものが変わったりすから、そういう意味では必然なのかもしれません。

僕はずっと、志のある人同志はどんどん集まるべきだと思っていましたが、今日の呑みで感じたことは、むしろどんどん散り散りになるべきなのかな、と。そのほうが広範囲にわたって色んな人達に熱量を伝えていくことができるかもしれないからです。それで、またそこから新しい熱が生まれて、その人がまた旅立って、ずっとそれの繰り返し。そういうふうにうまく回っていけば、ゲーム業界全体の熱量がいつか今以上にググンと上がるような気がします。 

===卍(卍ΦωΦ)卍テテコテテコ

話は変わって、昔複数の新規タイトルが同時に発足した部署にいた頃のお話。確か7本ぐらいのプロジェクトが同時にスタートしました。各プロジェクトのリードマンはプロデューサーやプランナーではなく、「自分の考えたゲームを出したい!」という高い志のエンジニアやデザイナーの人たちでした。たくさんのゲームを同時に作って、その中からヒットタイトルを生み出そうという会社の戦略です。

当然ながらそれぞれのプロジェクトのリードマンは自分のゲームを完成、そしてヒットさせるべく、日々チームメンバーと共に頑張って作っていきます。とはいえゲームプランナーとしての経験があるわけではない人が殆どだったので、ゲーム開発が思うようにいかない場面も多かったように思います。

それから月日が経ち、現在もサービスが提供されているものは、たった2つとなりました。他のゲームはリリースこそされたものの、後に様々な理由でサービス終了しました。会社が事業でやっている以上は、これはこれで一つの結果だと思います。

僕が今でも時々思い出すことは、その7つのプロジェクトでプランニングリードとしてチャンスに掛けたメンバーのうち、今でもプランナーとして活躍しているのが、たった一人だということです。他の人は元々の技術職に戻ってしまった。

色々あった上での本人の選択ですから、それに対して僕が言えることは何もありません。だけど、ゲームプランナーというお仕事をずっとしている自分としては、思い出すたびに少し寂しい気持ちになります。「自分の考えたゲームが世の中に出せるかもしれない。」という点だけ見れば、とても華やかに見えるのがゲームプランナーの魅力ですが、それと併せて実際のゲームの面白さや事業計画、人材獲得、進行管理、チームビルド、締め切り、プロモーション施策など、地味で辛い仕事もプランナーにはたくさんあります。むしろそういったことが殆どの割合を占めます。

当然開発期間中も上司に進捗や完成度、魅力を伝え続けなければいけませんし、いざリリースとなれば、売上という形で結果を出さなければいけません。そういった数多くの面倒なことをやり切った上で、ようやくプランナーとして一つ仕事をしたと言えると思います。そういう点から見れば、ずっとゲームプランナーをやっている僕としては「ゲームプランナーの仕事って傍目から見るよりずっと大変でしょ?今後は軽々しく踏み込まないでね。」と物申したいところもありますが、一度体験してみたぐらいで引き下がるのは、正直勿体無いと思っています。

上述のような面倒なこと、辛いことというのは僕もゲームプランナーになりたての頃から嫌というほど経験してきたけど、そんなものでも何回か経験してしまえば、大して怖いことでもないからです。人間が起こした問題なんて、人間が解決できることが殆どなのだから。そこを越えた先に本当の面白さが待ってるのに、と。ゲームプランナーの仕事、楽しいのになぁ。

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前半と後半はそれぞれ別の話ですが、ある観点から見た時に「飛び出した人たちと、守りに入った人たち」とという見方もできるのかな、と。前述のように人それぞれ人生の選択がありますから、どちらがどうと言うつもりはありません。だた、30代前後で守りに入ってしまい、そのまま勝負を仕掛けずに進んでしまうのはキャリアパス的に危なっかしいと、僕個人は思っていたりします。フリーランスでやっているならまだしも、会社員ならなおさらです。単純な話、若手で伸びしろがある子を半分の金額で雇ったほうが会社としては都合が良かったりするからです。守りに入りかけた人たちが、いつかまた攻めに転じてくれたらなぁと期待しています。

そして僕は今後もずっと勝負する側でいたいな、と思っています。だってそのほうが断然ワクワクするんですもん。

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Lv.60 論理vs感情(乱入キャラもあるよ)

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ゲームのお仕事をしていると、しばしば「論理的に考えるべきか、感情的に考えるべきか。」というジレンマにぶつかります。で、大概の場合「自分は論理的だから」「俺は感情優先だから」と言ったように、自分の性格を軸にして物事を決めがちな人もいます。

お仕事としてのゲーム作りにおいて熱量が必要なのは当然のこととして、 コンピュータ上で動くためには論理的な思考も必要になります。時々「ボクは絵も描けないし、プログラミングもできない、だからプランナーをやります。」みたいな人を見ますが、そういう場合はわりとガッツリ感情に寄ってる人が多いような気がします。そうなると、面白いとこばっかり考えて、ちゃんと論理的に煮詰めていかないといけない部分がおろそかだったりして、結局のところその人が考えたゲームやアイディアはイマイチだたり、仕事をする上ではその当人すらイマイチな場合もあります。

どっちが大切かと言われれば「どっちも大切」です。個人の好みで好き勝手に決めて良いものではありません。僕はグラフィックデザイナー出身だということもあり、ゲーム業界に入りたての頃は感性をとても重要視していました。しかし、プランナーになってからは何処までも論理でした。画面仕様、データ設計、レベルデザイン、制作進行。さながらリアルタイムでパズルゲームを数学的にパチパチやっているような感覚が、ゲーム作りにはあります。 とは言えなんのために作っているのかと言われれば「ユーザーの感情をふるわせるため。」なので、やっぱりどっちも大切なのは間違い無いようです。

で、いつだったかに気付いたのですが、「論理か感情か?」という考え方をするから、無意味なジレンマに囚われるのだなぁと。2つの物体が存在しているようにイメージしてしまうと「どちらかを選ばないといけないような気がする。」「両方を気にしながらやらないといけないのが辛い。」みたいな、誰にも頼まれていないはずの感情に苛まれます。

いつだったか読んだ本に「情理」って言葉があって、僕的解釈だと「論理と感情を繋ぐ接着剤、または道」みたいなものなんだなぁと。二つの離れた島があって、そのままだと独立したそれぞれの物なんだけど、そこに情理っていう橋をかけてあげたら、どっちからも行き来できるようになってみんな幸せに暮らしましたとさ、的な。

そこからもう少しアドバンスして、情理=「論理と感情を掛けあわせた言葉」 とすることにしました。実際は違いますよ?本質的には大体合ってるけど。

で、そこからは何かゲーム作りで物事を考える時は、「情理的に合ってるか合ってないか?」というように考えるようになったら、ずいぶん楽になりました。端的に言うと「感情的にあ合ってるけど、論理的には間違っている。」もしくはその反対、というものでは、ゲーム的にはイケてないものが生まれやすいような気がしているので、この「情理的に合っているか?」であれば、両面を満たしている結論だけが導き出せるんだと思います。 

もう少し言うと、ユーザーの気持ちは「感情と論理の間をゆらゆらと行き来する。」と思っているので、その「ユーザー感情のストーリー経過」という意味でも、この情理的に考えるということは、合っているように思います。

そんななんで、感情的なタイプのかたも、論理的なタイプのかたも、ゲームプランナーを目指すのであれば、そんな感じの考えかたもあるかもなーと思ってもらえたら、ちょっとだけ嬉しいでーす。なんだか今回はテレビ寺子屋みたいだったね。(ΦωΦ)ギラーンッ

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こちらの写真は「フリー素材アイドルMIKA☆RIKA」のお二人でーす。(・ω<)b

Lv.58 イベントレポ「OGC2015」「ニコニコ超会議2015」

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ここ数日、ゲーム系エンタメ系のイベントに参加してきました。

「OGD2015(Online Game Conference)」
先ずはOGC2015。ゲームの中でもオンラインゲームに特化したカンファレンスイベント。今回初めて参加しました。朝から夜までAとBの2ブースに分かれて、著名な方たちの講演やライトニングトークを行うイベントでした。

ちょうど、今年も8月にパシフィコ横浜で開催される、日本最大のゲームカンファレンスCEDECのオンゲ特化版と考えると、イメージしやすいかもです。CEDECよりはかなりコンパクトな感じではありますが、ゲーム産業の未来や、それを支える裏側の技術など、業界の人なら知っておいて損の無いような情報が詰まっている感じでした。

残念なのは所用のために後半からしか参加できなかったので、神羅カンパニーの和田さんやサイバーコネクトツーの松山さんの講演を観ることができませんでした。あと、たまたま知人に会ったのですが、当日は他のゲーム系イベントとタイミングが重なったこともあって、いつもよりはイマイチ盛り上がりに欠けていたようです。

良かったことは、初めてOculusRiftを体験しました!デモ映像を観るだけのやつだったんだけど、だいぶハイスペックなPCを使ったデモだったので、かなりリアリティのある体験が出来たと思っています。解像度に関してはまだまだ荒いのは前々から知っていましたが、ゲーム業界にとってもこれからが楽しみな分野です。

その他諸々メモ書き(超簡潔)
OculusRiftの大変なところ / 両目用の映像レンダリングするのとトラッキングした時に違和感を感じさせないようにするための技術が大変。色々ずるいことをしないとアレがナニ。70~90FPSぐらいを維持できないと「ヘッドマウント酔い」する

UnrealEngine4 / ←を使ったアイディアには資金提供をしているよ。

スクエニの考えるAIの未来 / 現実とハード(ソフト)の中間がもっとスムーズになって、街全体がAI化する未来が来るよ。

これからの組織作り / やれるところはどんどんアウトソーシングしろ。人事とか採用とかもだ。プロデューサー、ディレクター、アートディレクター、テクニカルディレクターだけ中の人にして、後は外にポインするのも主流。(うん、知ってた

アフターの懇親会でおしゃれ代表←が出てきたから超高速で食べて会場を後に。

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「ニコニコ超会議2015」
こちらも初めての参加。元々ぼくはニコ動見ない、ボカロ分からない、歌い手踊り手知らない人なので、事前知識ゼロのまんま突撃。これまた入場したのが閉館の二時間前ぐらいだったので、多分ぜんぜん楽しめてないのかなぁと思いつつ。

会場に入ってからすぐにイベントブースの入り口まで行くと、一番小さいホールの入り口があるのね。そこでなんだかすごい盛り上がってるライブ。曲は知らない。でもみんなすごいテンション。こういう時は「訳がわからないけど混ざってみる」が僕のポリシーなので、観客の中に突撃。やっぱり曲は全然分からないんだけど、お客さんの熱気をその場で感じられるというのは、ライブの良いところだと思いました。

時間が無いので次へ移動、と思いきやまたライブスペース。こちらはニコニコ超音楽祭のブース。でんぱ組も出てたのね。かなり遅い時間だったので、最後の陸上自衛隊中央音楽隊の演奏のみ観ることができました。有名なアニメやボカロの曲を吹奏楽団が演奏。アクエリオン、ポケモン、ドラゲナイ、進撃の巨人、みっくみくにしてあげる、お客さんテンション上げまくりだったので僕も混ざってワッショイワッショイ。

最後にサプライズ?でラスボス幸子登場!千本桜歌ってお客さん大喜び。そりゃこんなん盛り上がるわ。
↓は陸自中央音楽隊の別のやーつ。

ライブ終了後には夏野さんが出てきて、来年もニコ超やりますよ、今年も全国版の「ニコニコ町会議」もやりますよ。来て欲しい町の募集を今日から始めますよ、みたいなことを仰ってました。

ともあれ時間が閉館前だったので超高速で他のブースにダッシュ。メインブースではグランドフィナーレ的にコンパニオンのおねーさん達が一列に並んでました。クッ……来年はもっとガッツリ撮ってやんよ…と思いつつ会場を後に。

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「オマケ 大道芸」
会場から駅に向かう途中に大道芸。僕が今まで見た中では一番の人だかり、パフォーマーのたいちさんは元々サーカスでピエロや空中ブランコをやっていた人で、今でも人を楽しませるのが好きだからと、色々な場所でパフォーマンスをしているそうです。芸がすごいのはもちろんのこと、その場にいる観客を楽しませようとする語りかけであったり、空気の作り方が素晴らしいなと思いました。

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まとめ
カンファレンス、超会議、大道芸。僕もエンタメ屋さんのはしくれとして仕事をしているので、こういった場はいつも刺激になります。というか、刺激を通り越していつも嫉妬してしまいます。と言うのも、ゲーム屋さんの特性として、「パフォーマンスをしている時=作ってる時」なので、お客さんとの距離ってなかなか遠いんですよね。

だから、ライブとかパフォーマンスとか、「お客さんとその場で一体感を楽しめる」という形式のエンタメには、昔から常に嫉妬しています。もちろんゲームでも様々な方法でお客さんとの距離を縮める方法はあるのですが、未だにそこに辿りつけていないのが僕の課題。まぁ、良い意味では今後もずっと嫉妬しつづけて、それをエネルギーに、より面白いゲームを作っていきたいなと思いました!

ともあれ今年もまだCEDECや東京ゲームショウがあるし、今から待ち遠しい!来年はニコ超にコスプレで参加でもするかなぁ。\(ΦωΦ)/ニャーッ!!!

Lv.56 ランダムエンカウント、シンボルエンカウント

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ゲーム用語です。

ドラクエとかFFとかみたいな、フィールドをウロウロしてたら敵が急に現れるのがランダムエンカウント、ロマサガとかMOTHER2みたいに敵が予め見えているのがシンボルエンカウント。以前業界の大先輩(ゲーム翻訳の偉い人)に聞いたのですが、エンカウントという英語は無いそうです。"Encounter your rival" みたいな表現が正しいそうです。

今日はお昼と夜に、初めましてをしました。一人は来年から社会人として頑張る予定の若者。とある企業について質問があったとの理由で会って、ランチがてらお喋り。夜には同業他社のかたから、どんな人か興味があると連絡をいただいたので、じゃぁ会いましょうと一杯呑みながら、色々なお話し。

プランナー本を出してから、嬉しいことに本当にたくさんのかたにお声がけいただき、新しい出会いがここ半年でも数えきれないほどありました。僕自身が想像していた以上に。僕自身は分かりやすく華やかなキャリアやヒットタイトルを持っているわけではありませんが、本をきっかけに似たような悩みや苦労、不安、ゲーム産業の可能性を感じている人が、こんなにいるんだな!というのを改めて実感しています。

僕は今しがたお仕事でも、人と人、会社と会社を繋ぐようなお仕事をしています。この「出会う」っていうことはお仕事をする上でとても大切なことだと思っています。会社との出会い、上司との出会い、同僚との出会い、取引先との出会い、同志との出会い。お仕事なんて、自分一人で出来ることはたかが知れているので、そういった出会いを繰り返していくことで、自分自身も少しずつ磨かれていくんだと思います。

ちょうど僕の去年のテーマが「色んな人に出会う。」で、今年のテーマが「続・もっと色んな人に出会う。」なので、今後もまだまだたくさんの人に出会って、お互いにとっての良い関係や、新たな可能性を生み出すきっかけになればと思っています。

東京はさながらエンカウント率高めのリアルRPG、ポリゴン数も凄いし面白いでーす。(ΦωΦ)ニャーッ!!

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Lv.54 呑みにケーション。

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先日もチームの有志で呑んできました。

仕事の話はほどほどに、好きなアニメ、ゲーム、TRPG、声優、アイドル、女の子の好みなどを25~35歳ぐらいの男連中が好き放題言う。世代による感覚の違いなんかも、結構お楽しみ要素だったりします。(当日は愛川欽也さんが亡くなられたという話題があって、若い世代は「アド街ック天国」、上の世代は「なるほど・ザ・ワールド」でパッツリ分かれました。ニャンコ先生はいなかった。)

単純に呑みの場が好きというのもありますが、このお仕事をしている上で必要になってくる「お互いの性癖を晒す。」というのがあります。お仕事にしていると日々作業に追われたりして、「エンタメとはなんぞや?面白いとはなんぞや?」みたいな物がほっぽらかしになってしまうケースも少なくありません。

かと言って、ゲームそのものの本質は「面白いかどうか?」「それはどう面白いのか?」というのが絶対条件のため、「締め切りは守れたけど、面白いかどうかは分からない。」となってしまっては、本末転倒どころか、やってることが無意味になってしまいます。

そんなこともあって呑みにケーションにおける、お互いの好きな物事を披露し合うというのは、以外なほどチーム力を作る上では大切なことだなぁというのは、常日頃感じています。逆を言えば、そういったコミュニケーション量が足りていないチームは、傍目に見てもイマイチお互いが何を考えているか分からずに仕事をしているように思います。

前回もブログで言ったような気がしますが、「自分の好きな物事を語れる力」というのは、ゲームプランナーの仕事をする上では必須スキルなのかもしれません。「企画考える→仕様書作る→”メンバーに説明する”」ここですごく重要になります。

キャラクターがジャンプして、◯ボタンを押すと攻撃ができます、という「説明的」な部分だけを伝えるだけでは、それ自体がどう面白いのかは全然伝わりません。デザイナーもプログラマーもただの作業者ではありませんから、この「どう面白いのか?」というのを知りたがっています。で、当然ながらゲームの骨格を考えているのはプランナーですから、プランナーの口からその面白さを伝えてもらうことを期待しています。

なので、どこが面白いかよく分かってない、または面白いとは思っているけれど、うまいこと伝えられないというのは、結構ゲームの完成度に影響が出てしまうぐらいにマイナス点だと思います。そういったことを養うためにも、呑みにケーションに限らず日々のコミュニケーションの中で、自分の好きなことを語れる力や、相手にワクワク感が伝わるような表現が出来るようになるというのは、プランナーとして大きい力になると思います。

ガチムチ真面目キャラとかカマトトぶってる奴とか、八方美人タイプの人だと、なかなかゲームプランナーには向いてないように思います。どんどん飲み会開いて、どんどん性癖晒しましょう!僕はおっぱいが大好きです!

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Lv.52 もう弟子なんてとらないなんて言わないよなんて絶対なんて

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今しがた新作ゲームの初期設計を夜な夜な、やっています。

企画の骨格やターゲット、ビジュアルコンセプトなんかは大体もう決まっている。僕は、大体次にゲーム画面とかをイメージし始めるんですが、心配性なところもあるのでゲームデータ設計も並行してやるようにしています。自著の後編レベル9「ゲームのデータを設計しよう!」でもお話ししているあたりです。

ゲームというのは、ユーザーのみなさんに見えるようなものから見えないようなものまで、とにかくデータとパラメータが膨大にあります。プレイヤーのレベルとか、敵のパラメータとか、ガチャの確率とか、本当に色々。

で、久しぶりにゼロからベースでゲームデータの設計をしてみると、「おぃメチャンコ多いぢゃねーかよぉぉぉおおっ!!!」となるぐらい、本当に多い。カテゴリで分けたデータシートが大体20~30種類。それぞれのシートにまた10~20ぐらいの細かいパラメータ。ってことは300とか400とか、パラメータがあるってことですよね。で、そこにアイテムだのイベントデータだの、いっぱい作るわけです。

メンドクセェェェエエエエエエエエエ!!!!!
楽しくネェェェエエエエエエエエエエ !!!!!

っていうテンションで地味にやっています。楽しくないからって、これやらないとゲーム完成しないんですもん。

僕がデータの設計をしている時はいくつかの事を考えています。

「できるだけプログラマーさんが開発しやすいようにしよう。」
「できるだけプランナーが運営しやすいようにしよう。」
「新人でも分かりやすいデータデザインにしよう。」
「無駄や矛盾が起きないように気をつけよう。」
「ユーザーにとって楽しくない、意味があまり無いパラメータはなるべく減らそう。」

大体こんな感じでしょうか。手はパラメータをカチャカチャやっていますが、頭の中はデータパラメータの海を泳ぎながら、まだそこに無いゲームの「脳内プレイ」を何百回もやっています。頭の中でプレイができないと、ゲームの完成形が見えない=どういうパラメータが必要か分からない、となってしまうからです。

で、こういうお仕事は何度もやってきているから出来るのは当然として、「いつまでも自分がやってちゃいけないよな。」と思うわけです。中途半端なキャリアの僕みたいな状況の人からすると、「出来るかどうか?」と「やるべきかどうか?」というのは、全然別の話になってきます。

端的に言うと、僕が出来ることはどんどん若手の人達も出来るようにして、僕はそれ以外の大切なことに立ち回るとか、ゲームを完成させる上ではデータ以外にもたくさん大変なことはあるので、そっちをやれるようになろうというお話しです。

そんななんで割と真面目に、1~2名お弟子さんを募集しますよ!ゲーム業界にとっとと飛び込みたい!プランナーのお仕事やりたい!僕にも私にも面白いゲーム作らせろ!あたい、17歳の可愛いコスプレ好き美少女です!ゲームの作り方教えてくれたら、おねーさんが他のこと色々教えてあげるわよ♥←

そういうかたで興味があれば、僕のFacebookなりTwitterなりにぜひご連絡くださいませよ!
キミがいーないとー、なんにーもー。できないわけーじゃなーいとー。

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写真素材の著作は欣欣さんにありますよー。台湾美少女最高やっ!!!←

Lv.51 インターネットになんか書いてない。

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僕がインターネットとか言う文明の利器に初めて触れたのは、たぶん中学生の頃でした。

当時は、通信方式がダイヤルアップ接続とかいうへっぽこ回線で、今のように動画や大容量のゲームを楽しむことなんて出来なくて、イラストを見たり掲示板に書き込むぐらいしか楽しさが無かったように思います。今の平成世代の人たちは、わりとインターネットが当たり前の環境で育ってきたのかなーと思います。 

ゲームプランナーのお仕事をしていても、ネットを使う機会は頻繁にあります。企画書用の絵素材を探す。知らない言葉の意味を学ぶ、ユーザーさんの意見を見る。FacebookやTwitterで同業者から業界の情報を入手する。息抜きに面白動画を観る。←色々です。

少なくともインターネットなんてものが存在しなかった、ファミコン世代のゲームプランナーよりは、一つの事を調べる時のスピードが劇的に上がったのではと思います。 

しかし個人的な感覚では、ゲームプランナーというお仕事をする上で必要な情報については、インターネットには3割ほども書いていないと思っています。例えば「必ずヒットするゲーム企画」なんてものは、少なくとも僕は一度も見かけたことがありません。すでにヒットしたゲームのクリエイターインタビューなどはありますが、それでは意味がありません。あのゲームは何人ぐらいのスタッフ数で、どのぐらいのお金がかかっているか?なんて情報も、なかなか知ることは出来ません。

他にも、パズドラやモンストが毎月どのぐらいの売上を上げているかなんてのは、分かりません。機密情報だから外に出せないというのもそうですが、せいぜい関節的な予測値を考察している後追いアナリストのブログが拾えるぐらいです。参考程度にはなったとしても、今の自分の仕事に対してすぐに役に立つことは、あまりありません。

最近僕は、色々な会社さんにお邪魔する機会が多いです。そうすると、その会社が今どんなことに困っているかとか、こんなパートナーを探しているとか、「生の情報」を聞かせてもらうこともあります。そういったことは「外に出しにくい情報」であると同時に「日々移り変わっていくもの」であるため、「インターネットに載せてる暇すら無いぐらいの速さ」である、という見方ができると思います。

で、ここで何を言いたいかと申しますと、ゲームの企画という仕事をするのであれば「調べる」ということは重要な一つの技術ではありますが、あくまで「考える」という基板の上に対し、サポートツールとして使える程度だということです。ネットがあればなんでもかんでも調べられるようになったとか、そんな風には考えないようにしましょう、というところです。

今から新しいゲームを作るのに、それの答えがネットに載っているわけはありませんし、一緒に頑張っている仲間が何に頑張っているのか、疲れている奴はいないのか、こいつらの良いところはなんなのか?どういうチームワークを形成すれば、最高のゲームが作れるのか?そんなことがネットに載っているわけはないのだから。

自分という存在を基点に、今から面白いゲームを作ります。このゲームの最大のポイントはここです。それらを実現する仲間たちはこいつらです。こういったことは「自分達が考えて、自分たちが作っていくもの」なのだから、ネットばっかり見たとこで答えなんか書いてるわけないですよね的なお話しでした。面白動画は観る。←

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Lv.49 勉強足らず。

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ぼくは多分このお仕事を12年ぐらいやっています。もう途中から数えるのめんどくなってきました。

最初は3Dのグラフィックデザイナーとしてキャリアが始まり、何故か気付いたらプランナーに転向、そこからプロジェクトの制作進行管理をやってみたり、小さいゲームでディレクターやらせてもらったり、オンラインゲームのプロデューサー(半笑)をやってみたり。

気付いたら十年選手になってたので、今度は若手の教育係みたいのも経験させてもらい、そうこうしているうちに起業家な方たちとお話する機会が増えてきて、今では人と人や、人と会社、会社と会社を繋ぐなんてこともお仕事の一環としてやってたりします。

契約形態もアルバイトやって、会社員やって、派遣やって、フリーランス。なんとまぁ世間から見たらフラフラしていることでしょう。こうやって書きまとめてみると酷いもんだな!親も心配するわそら!!

まぁ、その時々でやっていることは違うんだけど「ぜったい面白いゲーム作るぞ!」というところだけは、まったく何も変わらないんですよね。そのために「今自分が何をすることが、チームとしてベストか?」というだけなので。もっと言えば、色んな視点から同じ物を見つめられるようになること自体が、自身のスキルに繋がるとも思っています。

実際問題、一つの職業だけを経験している人だと、プロジェクトを推し進める上での視野が狭くなるように思います。「デザイナーはプログラムのこと何も知らないよなぁ。」とか「社長はデザインのこと何も分かってないんだよ。」とか口にしてる人、ちょいちょい見ます。そんなこと、実際はどうでもいいんですよね。お互いが得意技を持ってて、それらの組み合わせでゲームなり、ゲーム産業なりが出来上がっていくわけですから。

もっと言えば、相手に理解を求めるなら、自分も自分以外の人たちが何を一生懸命やってるのかを理解すべきだし、もっと言えば一回自分でやってみれば良いんだと、ずっと思っています。大体そういうツッコミを入れるとほとんどの人は自分の庭に引っ込むのも知ってますが。そういうのもあって、「プランナーって楽そうだね。楽しそうだね。」みたいなことを言われるのはあんまり好きじゃありません。やりたいならいつでも来いよと。実際に僕みたいにグラフィックデザイナーからプランナー、プログラマーからプロデューサー、運営からお坊さんになった人もいます。絶対そういうの、面白いと思うんだけどな。

まぁそんなことはどうでも良く、今は本当に一日一日が勉強だなーというのを、経験を追うごとに改めて感じています。瞬間瞬間では一生懸命やって、それなりにこなせるようになって、自信にも繋がって、という感じでしたが、僕の悪い癖で「おんなじことやってると飽きる。」というのも相まって、スルスルと「業界内ジョブチェンジ」をしてきたような気もします。

多分今後も、「知ったつもりでいたゲーム業界、実際は知らないことばかりじゃん。」という気持ちを抱き続けながら、自分なりに道を開いていくんだろうなぁと思います。これからゲーム業界を目指すかたは、不安も色々あるでしょうけど、とにかく一回飛び込んで、色々な世界をどんどん覗いてくれると嬉しいです!~( :3 )<プォ~ッ

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Lv.48 冒険の書か、セーブか。

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ゲームプランナーのお仕事は悶絶たくさんあるわけですが、中には細かすぎてめんどくせーわりに結構大切なものもあります。その中の一つに「ラベリング(文言設定)」というのがあります。会社によって言い方は違いますが、簡単に言うと「ゲーム内用語の統一表記を決めましょう。」という話です。

例えば「このゲームではセーブデータのことを、”冒険の書”と言いましょう。」とか「ガチャのことを”召喚”と言いましょう。」と言ったように、ゲームの中で使われる言葉をちゃんと決めて、世界観の演出であったり、日々作る資料内でもその言い方をしましょうね、的な物を作ります。

昔のゲームではわりと当たり前だった気がしますが、最近のソーシャルゲームなどでは人手が足りない、コンシューマ時代の人ではないためそもそもその文化が無いなどの理由から、ラベリングをしていないプロジェクトもあります。

しかし、これがやっていないとめんどいことになりがちです。例えば上述のガチャのことを召喚と言いましょう。と言っているのに、資料などでちょいちょい「ガチャ 」と表現していたりすると、ユーザーさんへお見せするお知らせなどでも、つい「ガチャ」と表記してしまったりするケースもあります。そうすると、「え、説明にはガチャって書いてあるけど、メニューのどこにもガチャなんて無いよ?」みたいなことになります。

そんなに致命的な問題じゃないからいいじゃん、と軽く見がちなかたもいるかと思いますが、僕はそう思いません。例えばコンビニなどではお客さんが去る時に「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」などと言うと思います。でも、これって病院や薬屋さんでは基本言いません。「お大事に。」と言います。何故でしょうか?また来てね=病気しろ、怪我しろ、という意味になるからだと思います。

他にも、ディズニーランドでは、お客さんのことを「ゲスト」、スタッフのことを「キャスト」と言っています。これは、魔法の国を楽しんでもらうのだから、商売っ気を感じる言葉は絶対に使わないようにしましょう。というサービスの一つとして考えられているからです。

で、ゲームを作る僕らとしても、そういったことは日々考えるわけです。「セーブデータ」と「冒険の書」では、同じ物を指していても、雰囲気がぜんぜん違うと思います。MOTHER2とかだと「はなす→パパ」みたいな。こういった世界観に合わせた言葉を設定するということは、1ミリでもユーザーにその世界を楽しんでほしい、のめり込んでほしいという、クリエイターの想いだったりします。

だから、安易に「セーブ」という言い方をしても良い場合もありますが、どうせなら世界観にマッチした言葉を選びたいわけです。実際に現場では、「◯◯◯のことを、このゲームではなんと言おうか?」と、たくさんのアイディアを出すケースもあります。何個も何個も出していくうちに、「これだ!」というものが出る場合もありますし、いつまで経ってもしっくり来ない場合もあります。

当然「セーブ」という言葉自体はゲームユーザーなら誰でも知っているような”常用語”なので、それを意として使う場合は良いのですが、なんも考えずに「マイページ」とか言っているゲームなんかを見ると、ちょっと寂しい気持ちにもまります。ブラウザゲーでもないのにマイページ。せめてそこは「ホーム」だろっ!!!

そんな感じで一生懸命名前を考えるわけですから、当然それをユーザーにも浸透させたいわけですし、現場でもその用語を使って会話をしたいわけです。かといって後から入ってきたメンバーに「タイトル専門用語」 をすべて理解してもらうのも大変なので、そのためにも「ラベリング=そのゲームの用語集」を作ることが、とても大切になってきます。

それさえあれば、ユーザーに向けて言葉を使う時、スタッフ同士で会話をする時、相手に説明する時、どんな場合でも共通の用語として使うことができます。ソーシャルゲームなどではどんどん新しいシステム追加などがされるため、日々ラベリングも追加更新していく必要がありますが、むしろ早い段階から用意しておかない=どんどん新要素が増えていくため、企画開発の段階からこういうのは用意しておいたほうが良いと想いますよ。

まとめ
1・そのゲームに合った言葉を選ぶ
2・↑でユーザーのワクワク感を最大化
3・用語集作っておくとみんな幸せ!

現場からは以上でーす。(・ω<)

Lv.46 IPってなんですか。

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ながめデース~( :3 )<

今日は任天堂とDeNAの資本提携発表がありました。仕事しながら適当に観ていたんですが、個人的には「よく分かんないっす!」という感じでした。会社単位でのお話は一般人にはよく分かりません!スマホで任天堂のキャラクターが出る?とか、新しいゲーム機?プラットフォームを作るとか、なんか色んなお話をされていたと思いますが、まだハッキリとユーザーにどんな新しい体験が訪れるかはよく分からない感じで終わりました。

そんな中で 何度か岩田さんが仰っていた「任天堂が持つ強力なIPをたくさんのプラットフォームに提供する」というところが一番気になりました。ゲームのお仕事をしていてもよく聞く言葉です。IPは日本語で言うと「知的財産権」のことです。法律的な観点からだと分かりづらい&めんどくさいので、ゲーム業界的に言うと「マリオバージョンのパズドラが出るらしいよ!」とか、「パズドラにドラゴンボールのキャラクターが出たよ!」とか、そういう他の会社が持っているキャラクターの権利を使うような時にはよく聞きます。

他にも妖怪ウォッチのように「ゲームがヒットしたから、キャラクターを使って漫画を出そう!アニメにしよう!グッズにしよう!」的な場合にも使います。逆パターンだと、ドラえもんとか、ふなっしーとかですかね。

僕たちゲーム屋さんは、当然ながら自分たちが一生懸命作ったゲームがヒットしてほしいと思って日々頑張っているわけです。で、時には売上がすごいことになってヒャッホーィ!となったりもします。特にソーシャルゲームが当たり前になった昨今では、ゲームクリエイターも毎月の売上なんかがミッションだったりするので、売上が一円でも上がるように色んなことを考えて、日々運営をしています。

毎月の売上達成や売上の大きいタイトルをやっているチームは当然ながら他のチームよりも評価されますし、本人たちももしかしたら鼻が高いかもしれません。ただ、いわゆる運営系のゲームをやっていると陥りがちなこととして「毎月の売上」が最終ゴールになりがちです。当然それはそれで大切なことなので一生懸命やるわけですが、そこを達成したとして、次の目標は「更なる売上」というのが大体のオチです。そのため、単純にそこだけを追いかけている状態では、やはりゲームクリエイターとしてはモチベーションの維持が難しいようにも思います。

個人的には「売上達成」と「ヒット」はまったくの別物だと考えています。どこかで見た話ですが「ヒット」とは本来、人の胸を打つ、とかそういう意味だったようです。それで考えれば、売上達成はゴールではなく、むしろ通過点として考えるべきで、その向こう側にある「ヒット」をしたい、とゲーム屋さんとしては思うわけです。

で、そうなるとソーシャルゲームで「毎月の売上を達成するぞ!」というのもとても大事なんですが、それ以上に「どうやったらヒットするか?」を考えることのほうが、ゲームの作り手、届け手としては重要なのかなと考えています。前回のブログ(Lv.44 俺的カードゲーム考察)で書いたように、ゲームとしてただ楽しませるだけではなく、キャラクターに対する愛着であったり、世界観のファンだったりが生まれるように「仕向ける」必要があると思います。

そのために重要になってくる大きな要素の一つが前述の「IP」だと考えています。マリオだったりファイナルファンタジーだったりドラクエだったりは、元々ここで言うところのIPではありませんでした(法的にはIPですが)。しかしゲームのヒット、続編の発売、新ジャンルの登場、アニメ化やグッズ化などと歴史を重ねていくうちに「みんなが知っている。」「このゲームなら次も絶対面白い。」と言ったような”IP化”に成功したタイトルでもあります。

僕はゲームを考える時や作る時、担当タイトルをもっと良い物にしようと考えている時は、常にこの「IP化まで持っていけるかどうか?」を意識しています。それを仲間に説明する時にはIPという言葉はあまり使わずに、「このゲームがヒットして、抱きまくらが販売されるとこまで行こう!」とか「テレ東でアニメが始まるとこまでがゴールや!」とか「東京ゲームショウでレイヤーさんが出現するとこまで行こう。」と言ったような説明をします。

要するに、売上達成の向こう側、ゲームの外側でキャラクター達がどんどん大暴れするような状況をプロデュースしていこうね、ということです。美少女系のカードゲームのようなタイトルを扱っている場合、「可愛いか、可愛くないか?」と言った端的な意見や感想は誰でも持っているのですが、「この娘たちをどうプロデュースしていくか?」という視点からの話があまり出ないような人やチームもいます。そのような思考状態では、可愛い娘が何人いたところで、半分、というかかなりの割合を損していることになります。そんな時にも「このゲームに神セブンをちゃんと作ろう。」というお話をよくします。↓のような感じだと、分かりやすいと思います。

1・個人的(作り手)にはこの娘は可愛いと思う(✕)
2・俺たち(作り手)はこの娘が可愛いと思う(✕)
3・ユーザーの中に人気の娘がいることを理解している(◯)
4・こちらが仕掛けたキャラクター達がユーザーに「ヒット」している(◎)


こんな感じでしょうか。一枚のイラストを見て可愛い可愛くないといっているうちは、まだ1か2ぐらいの状態かと思います。3までくれば「どの娘が人気か?」というのが分かりますが、「ユーザーの反応ありきで結果として理解しているだけ」では、今後もいつどの娘が人気が出るか分かりません。そのため、ある程度のブレがあったとしても「4」に集中してキャラクターの良し悪しは決めるべき、プロデュースしていくべきだと考えます。

そうすれば、ただ単純に日々の売上を作るだけの運営vsユーザーの体力消耗戦よりも、遥かに「ヒット」や「IP化」に近づくように思います。言い換えれば「ユーザーではなく、ファンをどうやったら作れるか?」という、ゲーム屋さんとしての大きな目標であるともとれます。何よりもそういった状況を作る側が一生懸命セットアップして、その結果ユーザーが”心から”盛り上がってくれれば、 僕ら作り手としてもめちゃくちゃ楽しいじゃないですか。ね。

ドラえもん☆メール送信_l

Lv.45 キミと逢えない時間。

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Twitterでつぶやいた内容をまんま転載奴ー。

あんまり自分で考えたゲームのネタをこういうとこで話すの好きじゃないんだけど、ちょっと前から作りたいなと思ってるのがあって。「キミと逢えない時間。」ってタイトルなんだけどさ。いわゆる美少女ゲーなんだけど。
1日の間で会える時間(プレイできる時間)が限られてるのね。朝と昼と夜、それぞれ10分とか。ほんで、その僅かな時間で自分の気持ち伝えたり、相手の顔見たりするわけ。

会える時間が短いから、それだけ「大事な時間」になるでしょ?ゲーム的にも、彼女との時間的にも。テーゼとしては、ソシャゲが押し並べてイベント張り付きの体力消費ゲーだから、逆を行きたいなぁと。

課金したらお時間延長!とかだと元も子もないので、マネタイズうんぬらは後から考えるとしてさ。だってゲームって好きな時に好きな分だけ、が基本だと思うの。それにちょっとの「逢えない切なさ」みたいなテーマ性と申しますか。

1日に数十分しか遊べない。だから一生懸命遊ぶ。時間は尊い。余った時間はゲーム以外のこと楽しむ、みたいな。どうですかねー?

あれだ、時計マークが画面に出てるの。ほんでどんどん時間が過ぎてく。分針が一周したら今日はもうおしまい。また明日会おうね、みたいな。何故か、まほろまてぃっく(アニメ)を思い出した。

そういや最近、前から好きな娘が結婚したんだ。一年に一回しか会えない娘でさ。そういうモンニャリした感情をちゃんとゲームに込めたいよね。

クラウドファンディングで作ってみようかな。キミと逢えない時間。

ほんでね、ゲームの中で恋させたらいけないなとは思うの。どっちかっつーと「あぁ、恋っていいもんだなぁ。」と感じてもらえたらというか。ゲームしてる場合じゃないな!みたいな。僕がゲーム屋さんになった時からずっと言ってることなんだけども。

↓が僕の気持ちにこびりついてるうちは、ソシャゲでもなんとか切なさとかワクワクとか何かしらの感動をなんとか入れ込みたいと思いまーす。

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Lv.44 俺的カードゲーム考察

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今回はソーシャルゲームでも一代ジャンルとなったカードゲームについて、自分なりの考察をしたいと思います。どういうところが面白いかとかは人それぞれなので、「運営する側」としての色々をお話できればと。少し長いかもです。

「神撃のバハムート」に代表する、いわゆるブラウザタイプのカードゲーム。今となってはかなり古いタイプのゲームですが、設計そのものはほぼ完成されているとも言えますし、今でも一定以上の需要があるため、ブラウザゲームに限らず、ネイティブアプリでも売上げランキング上位にいるようなタイトルもあります。

カードゲームを運営している会社さんやチームのみなさんは、大体おんなじような事を考えながら、おんなじような事を悩みながら日々運用してると思います。カードを商材として売上を作るわけですから、毎日毎日何かしら大変だと思います。

「カードを売る」という事だけに限定して考えた時、どういったことがウリになるでしょうか?↓のようなことがほとんどだと思います。

1・レアリティが高い(基本ステータスが高い)
2・強い(スキルや属性など)
3・ゲームプレイに有利(攻撃特効、イベントポイント特効など)
4・限定である(期間限定、イベント限定、コラボ商品など)
5・クオリティが高い(可愛い、かっこいい) 
6・ステータス以外の魅力がある(ボイス付きなど)


カード自体の魅力は大体上記に収まるのかなぁと思います。これに更なる購買意欲を高める要素として「今なら24時間限定でゲット率アップ!」とか「◯回ガチャを回せば確定ゲット!」とか「初回だけ100円でプレイ!」みたいな小細工を色々とやっている感じですよね。

で、1~4のようなステータス系は運営期間が長ければ長いほど、ジレンマに囚われるようになってしまいます。新しいカードが出るたびに、ステータスやスキルをどんどん強くしていかないと売れなくなってしまうからです。かといって無尽蔵に強くしていれば、いつかは天井が来てしまうため(ほんとは来ないんだけど)、回避策として「更なる上位レアリティ」の登場などといった施策をしていると思います。でも大体そういう時ってお得意さんが逃げてしまいますよね。だってせっかく頑張って育てたカードが一瞬にしてゴミ扱いなんですから。

まぁここはここでゲーム性に関わるところですから、ある意味計画的にインフレをさせるのは良いとして、問題になってくるのは「火力ゲー」という軸だけで運営をしていると、施策の幅が狭くなってしまうことなのかなと思います。 そこで5とか6みたいな「別の軸」が必要になってきます。

カードゲームにもRPG風な物もあれば、「GF(仮)」のような美少女ゲーもあります。美少女ゲーの場合はスキームベースでは火力ゲーと同じですが、ユーザーの本質的な目的は「この娘が欲しい」になります。それに加えてキャラクターの名前やバックボーンが作りこまれていれば、「愛着や好み」という感情が生まれます。そうなると、決して火力が強いから、レアリティが高いから売れるわけではないという新たな価値が生まれます。

以前、美少女ゲーを運営していた際に、ユーザーさんからこんな問い合わせがありました。

「わたしは◯◯ちゃんが大好きです!でもレアリティが低いから、育てても弱いのでゲームで使うことができません。どんなに時間がかかってもいいから、愛情をかけた分だけ強くなるようなシステムを作ってください!」という内容でした。

運営都合で言えばおいそれと言葉ままの対応をするわけにはいかない様々な事情がありますが、ユーザーさんの声そのものの意味はとても伝わってきたことを覚えています。

例えば今それを実現するとしたら、時間をかけて強くなる、という点だけでは結局火力ゲーの道をそのままたどってしまうことになるので、先述の「愛着や好み」という点をもっと魅力的にしていけるような仕組みを考えられたら良いな、と思います。

例えば一緒にバトルを戦った数を裏でカウントしていって、10回、30回、60回、100回と一定数達成するたびに、そのキャラクターが新しいセリフや表情を見せてくれたら、嬉しいと思います。それを延々と向こう側まで引っ張って、例えば1キャラクターに全100種類のセリフ、というかシチュエーションがあったらどうでしょうか?

カードの火力が強くなるのとは別に、「その娘をもっと知りたい。頑張った分だけ色んな表情を見せてくれる。」と言ったゲーム体験ができるようになると思います。言っても商売の部分もありますから、だんだん育てるのがきつくなってきて、それを楽するためのアイテムを販売するなどということはあるかと思いますが、ユーザーの本質的な目的が「火力=勝負に勝つ」ではなくなっているため、 新しい軸での魅力として展開できると思います。

それに加えてAちゃん、Bちゃん、Cちゃんというような単体での魅力だけではなく、AちゃんとBちゃんは仲が良いとか、CちゃんとDちゃんはいつもケンカしているとか、相対的な人物関係をゲームの中に盛り込むことができれば、より魅力が立体的になるのかなと思います。

とりあえずカードゲームを運営している会社さんやチームで「あぁ、うちのゲームには看板キャラがいないな。」とか「運営側にもユーザー側にも共通の人気キャラっていないよな。」と思っている場合は、ここらへんの世界観構築と、本当の意味でのキャラクター育成をするのはどうかなーと思っています。

そうすればユーザーさんにも新たな体験や価値を提供できると思いまーす。要するに運営が自信を持ってユーザーさんの前に出せる「神セブン」を作ろうというお話でした。かしこ。

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Lv.43 好きな物語る力(ヂカラ)

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最近は念仏系が多いクソブログはこちらでーす。

今日はゲームとは関係あるようで無いようである、好きな物を語る力について好き勝手に。僕は5年ぐらいジークンドーという格闘技を習っています。今の若い世代はあまり知らないかもしれませんが、香港のアクションスター、ブルース・リーが編み出した、対ストリートファイト用の武術です。

習い始めたきっかけは、30歳になって金銭的な余裕もすこし出来てきたし、趣味を一つ増やしてみたいなと思ったこと、どうせなら自分が楽しめるもの、そしてゲームのお仕事はわりと不健康な部類なので、健康維持、体力維持のために始めました。格闘技を習うこと自体初めてだったのですが、これが結構面白くて気がついたら何年も続けています。今ではある程度ジークンドーについて詳しくなったかもしれません。

あと僕は宇宙と恐竜が好きです。ざっくりと言うとロマンがあるなぁ、どこまでも探求できるなぁと言うのが理由です。他にもスヌーピー、リロ・アンド・スティッチ、シュレック、ヒックとドラゴン、そして女子のおっぱいが好きです。

音楽については雑食なのでコレ!というのはありませんが、Acid Black Cherry、くるり、植松伸夫、Vasen、THE HIATUSとかが好きかもしれません。西野カナとかも良いと思うよ!ゲームは言わずもがな、大好きです。

ほんで、この好きなものっていうのは、それを享受している時も楽しいけれど、誰かにそれを「いかに好きか?」を語っている時も楽しいと思うんですよね。相手が興味持ってくれるかはまた別の話ですが。

僕は元々無趣味で多趣味な人間なので、誰かにめちゃんこ語れるほど詳しい物はありませんが、たまに何かについて熱く語っている人がいると、羨ましくなります。以前、道すがらに出会った人とゲームの話題になったとき。その彼はたしかパワプロが好きだったのかな?

僕にずーっと、自分がいかにパワプロが好きかをアレコレ語ってくるんですよね。で、すごく楽しそうにしていて。その彼に対しても羨ましいと思いましたし、そんなにワクワク語るような面白いゲームを作った人たちに対しても羨ましさと、ちょっとした悔しさを覚えた気がします。それと同時に、「自分もそうやって熱く語ってもらえるゲームが作りたい!作るぞ!」と思ったことを覚えています。

ちょいちょいブログでもお話しているように、最近のゲーム企画では↓のようなことが必要になります。

1・商品コンセプト
2・ターゲット
3・KPI(重要業績評価指標)

商品のコンセプト~は、車とかだったら「低燃費」とか「荷物がいっぱい積める」とかですね。ターゲットは「主婦」とか「お金持ち」とかですかね。で、KPI。これは商売によって指標が変わるのですが、まぁ簡単に言えばその商品を出した時にどのぐらい売れるかの根拠立てと申しますか、確率と申しますか、保証値というか。

企画を考える時に当然↑は作るわけですが、なんか個人的に足りないというか、もう少し分かりやすくてズバーンと来るような言葉は無いかなぁと一時期考えていました。それでここ数年になってようやく納得できたのが「その商品を触ったユーザーに”なんて言わせたい”か?」ということです。

例えばゲームなら「何この超絶クオリティ!」って言わせたいのと「なにこの世界観ワロスwww」「一々エロいよぉぉおおっっっ」って言わせたいのとでは、全然違うゲームができますよね。このユーザーに「一言目に言わせたい言葉」を考えるのを、最近は特に大事にしています。というか、この言葉がキッチリイメージ出来る=上述の1~3を包括しているから、楽だし便利なんですよね。

もっと言うと、この定義は前述の「ユーザーの語りたい言葉」と直結しているのかなと。だからきっと分かりやすいんだと思います。実際にユーザーが口にしなくても、2chなりTwitterなりストアのレビューなりに書き込んでくれれば、同じ意味になります。

僕がそう考えるようになってからは、お客さんや知人からの反応もある意味「狙った通り」になる確率がアップしました。「やったー!」という気分にもまりますし、何よりも自分が作ったものでユーザーが楽しんでくれていることは何物にも代えられません。

それに加えて「言わせたい言葉を考えるということ」は、自分もやっぱり何かしら熱中している物が無いと理解しづらい、またはなかなか出てこなくなるので、やっぱり無趣味よりは好きなことがあったほうが良いなぁというのを再認識したのもこのイメージが湧いた頃からです。

そんななんで、今後も武術と宇宙と恐竜とおっぱいを探求していきたいと思います。まとめかた酷いな。あとで絶対リライトしよーっと。~( :3 )<

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Lv.41 SNSは最高のオモチャ説

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ゲームプランナーというお仕事をしていると、考えように寄っては世の中にあるあらゆる物を楽しむことが大切なんだと思う時があります。

例えば飲み屋に行った時、僕は必ず「○○○と、△△△と、あと店員さんのオススメ一つ!」と言います。で、できるだけ持ってくるまでメニューは言わないでもらうようにします。そうすると店員のチョイスが楽しみになったりするじゃないですか。たまに明らかに高いメニュー持ってくる人もいますが、それも込みで面白いと思うんです。行きつけのところだったら「3000円でご飯食べたい。」と言えば、ご主人のおまかせコースが出てきます。

仕事とかも「いかに超音速で終わらせるかゲーム!」みたいな考え方でプレイしているので、うまく行った時は「高スコア叩きだしたぜヒャッホーィ」てなもんです。そんな感じで、起きてから眠るまでの間に起きる出来事をなるべく楽しむようにすれば、日常がちょっと面白くなるかなーなんて思っています。

僕はFacebookとTwitterは定期的に何かしらつぶやいてます。大体がしょうもないネタばかり。でもこれも、個人的には遊びの一貫でやっている部分があります。端的に言うと「こういうことをつぶやくと、どういうタイプの人が反応するか。」を調査していたりします。ちょっとしたつぶやきで沢山の人から好反応を貰えたら嬉しいじゃないですか?「へー、こう言うつぶやきはむしろ女子ウケがいいんだー。」とか「あぁ、こういうつぶやきに対してはみんな一言申したい気分になるのか。」とか、そういった感じ。つぶやく時間とか頻度とか、文字数なんかも研究対象ですね。

あと、Twitterの場合はまたそれよりも面白くて、誰かが何かをしゃべっているのを見た瞬間に、レスを返します。なるべく相手が喜ぶか、面白がるような。それでウケたら嬉しい。で、Twitterの場合色んな人が色んなことをバラバラにじゃんじゃん喋っているから、頭の中をカチカチ切り替えながらどんどん違う話題に対してレスを付けていく。この頭の切り替わりが個人的にはゲームっぽくて好きです。おっぱいおっぱい言ってたと思ったら落ち込んる人に声をかけたり、かと思えばアカデミックなこと言い出したり。やっぱりおっぱいおっぱい言ってたり。

でもこれって、実はゲームを作る上でのトレーニングにも結構なってるんですよね。ゲームプランナーっていうお仕事は面白さとかお金とか時間とかチームとか、色んなことを考えながら進めていくお仕事なので、自分の好きなとこだけとか、一辺倒な思考では駄目な部分があるので。そういう意味でカチカチ切り替える訓練としてはTwitterが最高のオモチャだと個人的に思っています。

それに、ゲームってもの自体が「作り手→ゲーム→ユーザー→反応→ゲーム→作り手」という風にコミュニケーションツールの側面を持っているので、ある意味余計な部分をかいつまんだSNSで自分以外の人に何かしらを投げかけてその反応を見るというのは、ゲームとの親和性も高いし、練習器具としてはかなり完成度が高いと思うんです。

そんななんで、あんまりSNSとか使わないですっていうプランナーを見るとナンデヤネンと思います。勿体無いを通り越してバカじゃないの?ぐらいの。SNSを使わないことと言うよりは、他人の反応を見るのが面白いと思えていないのは、ゲーム企画者としては大事なものが欠けているように思えてしまうんです。

そんななんで、これからゲームプランナーを目指すかたにはぜひSNS、というかそれに限らず世の中のもろもろを遊び倒してほしいななんて思いまーす。(ΦωΦ)ニャーッ!!!

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Lv.40 忙しアピールはあかんマン

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ゲームの仕事は毎日毎日現場がテンヤワンヤです。

こんな言いかたもなんですが、労働基準法的に完全まっ白なゲーム会社なんて無いんじゃないでしょうか。(敵を作る気は無いぞーっ!敵を作る気は無いんだからなーっ!)

忙しい理由にも色々あります。

1・明らかにこなせない物量が降りかかってくる。でも〆切までに倒さないといけない
2・急な仕様変更。作っちゃ壊し作っちゃ壊しで巻き戻りが大発生。でも〆切は変わらないから界王拳
3・チーム全体のタスク内容や順番をコントロールできていない。調整担当不在
4・手を動かしちゃダメな人が手を動かしてしまっている
5・クリエイターの能力がそもそもポンコツクソヤロー
6・開発環境の何かしらにトラブルが起きた


他にも色々ありそうですが、ゲームを作る仕事は設計図がはっきりと決まっている他業種の製品に比べると、曖昧さとか「もっと良くできる。」 といった”ブレ”があったりもします。そのため、全体的なスケジュールや計画の精度が低いことで「無駄に忙しい」ような人やチームも少なくありません。

どんなにスケジュールがキッチリしているプロジェクトであっても、山場はあります。 勝負時に頑張ることでぐっとクオリティが上がって、それでユーザーに楽しんでもらえるなら、とほとんどのクリエイターは思っているはずです。かと言って、無闇に根性根性で残業休日出社すれば物事が進むかと言うと、そうではない場合もあります。

ゲーム作りはチーム仕事ですから、色んな人が関わります。企画だったりプログラムだったり絵だったり音楽だったり。それぞれが忙しいタイミングや、こなさなければいけない物量がバラバラなため、そういった状況では全体を見渡すリーダーの能力次第で、プロジェクトの精度は大きく変わってきます。

僕は「忙しいです。」と言葉にすることが悪いとは思いません。現場のスタッフに限っては。 ただ、リーダーが忙しい、余裕が無いという言動をすることは、なるべく避けたほうが良いと考えています。リーダーが忙しそうな顔をしていたら、上司は「こいつ大丈夫かな。」と不安になりますし、スタッフたちも「◯◯◯さん、忙しそうだから声がかけづらいな……」なんてことになり、コミュニケーションロス=プロジェクトの精度を下げてしまいます。

僕がこのリーダーは優秀だなぁと思う人は、自分がどんなに忙しい状況でも、絶対に顔には出しませんし、むしろジョークを言うぐらいの余裕があります。声をかけられた時だって「おぉ、どうしたどうした?なになに、隣に座りなよぉ。」と、顔と態度でちゃんと部下の話を聞くつもりを演出しています。そうすれば上司からは「うん、こいつに現場任せておいて大丈夫だな。」と思ってもらえるし、部下からも「◯◯◯さんはいつも僕の声をちゃんと聞いてくれる。この人のためにも頑張ろう!」となる確率がぐぐっと上がります。

こういった日々のちょっとした態度や言葉、表情って、リーダーにとってはすごく大事なんですよね。チームビルドをする上では。まだ若手でリーダーになりたての人にいきなりそういったことを要求するのは酷だと思いますが、何年も自分が忙しいアピールしてるなぁ、と思った人は、嘘でもいいから一回余裕全開な顔だけでもしてみると、意外と上述のようなテンヤワンヤの何割かは解消されると思いまーす。(・ω<)~+キュピィンッ

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Lv.39 ロンドン・ブリッジ、東京タワー

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先日イギリス人のCGクリエイターのかたと一緒にご飯を食べました。

彼は90年代の日本のゲームやアニメのに惹かれ、日本で働いてみたいと何年か前に来日したそうです。色々と経験していくうちに新しい目標も芽生え、将来的にはイギリスと日本のゲーム文化の架け橋になりたいと思っているとのことです。

僕にはその彼以外にもゲームのお仕事をしている外国人のお友達や仲間がたくさんいます。みんなやっぱり日本のサブカルが好きで、日本で働いています。そんな僕はと言うと、10年ほど前は「いつかアメリカで働こう」と思っていました。と言うのも、ゲームを作る仕事をしていると、どうせならできるだけ多くの人に遊んでほしいなと思うわけです。

かと言って、日本で作ったゲームをそのまんま海外で出しても全然売れないケースもたくさんあります。昨今ではソーシャルゲームで勢いのついた会社が「今度は海外だ!」とか言って、日本でバカ売れしたゲームをアジア圏だ北米だヨーロッパだと出して、撃沈して帰ってくるようなパターンもありました。任天堂の倒し方は知らなかったみたいです。

ゲームに限らず、日本人はあまり外国の文化や流行を知りません。端的に言えば日本にいればなんでも揃うし安全だし、明日のご飯に困るようなケースは他の国に比べても少ないからです。安全な国にいれば、ある見方としては、想像力が奪われてしまいます。ほとんど何も考えなくても生きていけるからです。そうなると英語なんて覚えなくてもいいし、どこかの国で戦争が起きていたところで気にしなくても良いわけです。

話はちょっと戻って、世界全体で見てもゲーム市場は10年前ともまただいぶ変わってきました。昔はゲーム=日本がトップという時代もありましたが、今は昔の物語です。日本製の新しいゲームハードが海外で先行して発売されることなども、そういった時代の流れによるものだったりします。

じゃあ今後も日本のゲーム業界はどんどん元気が無くなってしまうのかというと、それは日本にいるクリエイター達次第です。僕自身はソーシャルゲームの隆盛の流れの中に身をおいている立場として、それはそれで新しい可能性を日々模索していきたいと考えてもいますが、かと言って「それだけがゲームです。日本はこれからもずっとそうです。どんどんガラパゴス化します。海外?知りません。」というのは死んでも嫌です。

そうなると日本人として、というよりは一人のクリエイターとして、新しい道を切り開くための気概であったり実力であったり、仲間やアクションが必要だと思っています。 

この10年前後でも、悪いことばかりがあったわけではありません。先述のソーシャルゲームも国内においてはここ数年で新しい楽しみ方を含めて急激な成長や進化を遂げましたし、昔は日本のゲームを海外で出す時は海外用に見た目や雰囲気をアレンジしていましたが、アニメなどが海外で「そのままの形」で受け入れられるようになってきているため、うまくやれば日本製のゲームでも勝負ができるポイントが生まれてきています。

僕が海外で働いてみたかった理由の一つに「アメリカで売れるものは世界で売れる。」というのがありました。映画でも音楽でもゲームでも、アメリカでヒットした物は必ずは世界中で売れます。ということは、「できるだけ多くの人に楽しんでほしい。」という理屈から言えば、海外で働いたほうがどう考えても良いからです。

だけどそう思うようになってから10年ぐらいが経ち、考え方がすこしだけ変わってきました。一つは「時代が少し変わってきた、やり方次第で日本からでも世界に発信できる。」ということ。そしてもう一つは、「日本製を海外に。」という考え方を捨てることです。どういう意味かと言うと、「面白いものを考える。」という段階では、最初から「日本だけを意識しなければ良い」という話です。マリオでもスト2でもソニックでも、面白いものは世界が受け入れます。「無意識下で日本人向けに作らなければ」、実はその可能性はそもそも高くなります。(甘いよとか対岸で言ってる人はそのまま対岸にいてね。)

それを実現するための一歩として、やはり海外の文化や思想については少しずつでも学ぶべきだと考えています。英語が喋れるようにならなくたって、知ろうとすることは出来ます。日本にいる外国人のかたたちと話すこともそう。そうやって自分が知っている世界の外側をのぞく癖を磨いていけば、今は気付いていない視点だったりチャンスだったりが、自ずと生まれてくると思います。かしこ。

Lv.35 で、出~www ヘイスト唱えな奴~~wwwww

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今週はわりとゆるんゆるんのスケジュールなので、思いついたらブログ。

今日は仕事の効率化、というか超速化について自分なりに ベロベロと書こうかなぁと思います。お仕事をしていると、内容やクオリティと同じぐらいに、仕事の効率化が重要になります。効率化と一言で言っても、色々な効率化があります。

1・手を超速化
簡単に言うと、10の手間がかかることを5でやりましょうと言うことです。物理的に手を早く動かすこともそうだし、仕事で使うツールを熟知したり、ショートカットを鬼使いこなしたり、なんだったらキーボードやらマウスやらも自分が一番使いやすいもに変えたり。自分の仕事の早さは自分でしか作れないので、そういった意味では一番手っ取り早い効率化がこれです。僕は自分がよく使うツールに関してはほとんどメニューUIからの操作は行わず、ショートカットを使っています。長年使っているツールだと、ぜんぶ頭に入ってるんですね。なんだったらデフォルトのショートカット設定が気に食わなければ、自分が一番最速だと思う並びに変えてしまいます。

2・頭を超速化
いくら手が早くとも、”今の状況を踏まえた上で何がベストか”を理解していなければ、その効果は半減します。というか、判断が間違ったまま手が早いだけだと、むしろ巻き戻りが発生するので、結局なんの意味もありません。たかだ一個使いこなせるツールがあるだけでは全然初級クラスです。「状況」というのは、日々お仕事をしている中で色々なケースがあるので、ここでは具体的なことは言えませんが、一つ言えるとしたら「個人として一番効率が良いこと」と「チームとして一番効率が良いこと」というのは、大体相反していると思います。端的に言えば自分が一番早いと思っているやりかたは、大体間違っています。なので、頭の超速化を考える時は、最低単位は「自分」ではなく「チーム」という単位で考えると良いかなーなんて思います。 頭の超速化とは「答えを出す速さ」や「判断力」ということなので、そこが間違っているうちは手だけが速くてもなんの意味もありません。とりわけリーダークラスの人は手を動かすより頭動かす!

3・人に振る超速化
こういうお仕事をしていると、プランナーでもデザイナーでもプログラマーでも、職人気質な人が多いので、急がないといけない時に限って「自分がやったほうが速い」と思ってしまい、実際にそうしてしまうケースがあります。しかし、仕事を振れる仲間や部下がいるのであれば、実力が半分程度の人だったとしても、振ったほうが全体としては速い場合があります。というか、もし自分の半分の実力の人が3人いたなら、明らかに振ったほうが速いですよね。そういう「全体の動き」を捉えずに自分がやったほうが速いと思ってしまうのは、新人ならまだしも中堅かつ管理する立場であれば即刻やめたほうが良いレベルです。(たまに超人クラスの人がいるので、そういう人はまた別の話ですが……)

大体この3つをやっていれば、仕事が遅いとか言われることはありません。「全体として何がベストか?」を考えて、それに対して必要なアクションを最小限でこなす、ただそれだけだと思います。そういったことを間違ったまま「ヘイスト唱える暇あったらもう1ターン打撃加えるはwwwww」とか、忙しい時に限って言ってるかたは要注意かもです。

まぁ実際のところ効率化なんて全部やれるようになったところでお仕事の入門編程度なので、それってそもそも何のためにやってたんだっけ?とか、余った時間でもっとサービスを良くできるぜ!というマインドセットが抜けていれば、ほとんど何の意味も無いんですけどね。(・ω<)~♪ティーンッ

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Lv.34 本当にその役目は終わったのか?

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休みの日なんでゆったり書ける。

みなさんマイケル・ジャクソン、好きでしょうか。最後のワールドツアーを目前に若くして亡くなってしまった、世界のスーパースターです。実現されることの無かったツアー「THIS IS IT」は、そのオーディションやリハーサルの風景を繋げて、映画化、映像化されました。



その映像の中で僕が好きなシーンがあります。リハーサルのステージ上に立つマイケル、音や光のタイミングについて、スタッフに細かい指示を出します。スタッフからすれば「うーん…それはどうだろう?」という気になったのでしょう、「いや、こっちの方がいいよ。」と言います。でもマイケルはそれでは納得しない。で、それを理解してもらおうと思った時に出た言葉。

「解ってほしい…これは…(んーと)……愛なんだ。」

映像を見た当時は「何言ってんだこの人。」と思ってたんですが、最近なんとなく理解できるようになってきました。モノ作りという仕事をしていると、当然ながら「物を作ること自体」に情熱を注ぎがちです。それ自体は悪いことではないと思います。しかし、その「物の向こう側」には、それに触れる人がいて、その人の中に生まれる感情があります。

要するに、事象であったり物体であったりという意味での「物」というのは、人と人との間にある「中間デバイス」に過ぎず、あくまで受け取る側の心が動くところまでで一つの物語が完結します。それはゲームも同様で、僕は自分が作ったゲームの中身よりも、それを遊んでくれた人達がどんな気持ちでいるのか、そっちのほうが断然気になります。


以前僕が携わってゲーム。サービス自体は残念ながらずいぶん前に終了してしまいましたが、そのゲームをきっかけに、今でもユーザー同士が交流を持っています。登場キャラクターについて熱く語ってくれたり、色々な思い出を話してくれたりしています。サービスが終了する時にはユーザーのみなさんからお花や想いを込めたアルバムを作って送っていただき、作り手として想像以上の経験が出来たと思っています。

僕はゲームを作るということは「神様になること」だと考えていた時があります。自分が想像した世界が形になり、それをユーザーが遊ぶ。でもそれは少し違うんだな、というのを気付かせてくれたタイトルだったように思います。

普通、ソーシャルゲームやオンラインゲームのような通信を前提としたゲームが終了する場合、以後ゲームそのものをプレイすることができなくなります。仕組み的な話をすれば、ユーザーのプレイデータは全てサーバ上で管理されているので、そのサーバを落としてしまえば、アクセス出来なくなるからです。

ということは、自分が一生懸命育てたキャラクターや、一緒に遊んだ仲間達、冒険の軌跡、そう言ったものには二度と触れられなくなるわけです。今でも年に数十本のソーシャルゲームがサービス終了を迎えており、今後もその流れは変わらないのだと思います。作り手としても辛いことですが、ユーザーのほうがもっと辛いと思います。

でも、その担当していたサービスは違った。サービス終了にあたり、オンライン上に残していたユーザーの情報を全てローカルに移せるように”無理矢理改造”しました。要するに、いつでも育てたキャラクター達に会えるようにしてから、サービスを終了したんです。当然もうアップデートはされませんし、ストアからは消えているアプリなので、これからそのゲームを遊びたいと思っても、無理です。

僕は当時すでにそのプロジェクトから離れていたので、それを知った時に「愛だな。」と思ったんです。きっと会社の許可もとらずに、裏側で勝手にこっそり進めていたのかなぁと。でもそれは正しいと思います。「ユーザーが頑張って手に入れたキャラクターや”思い出は、すべてユーザーのもの。」という答えを、作り手として最後に残したんだと。おいそれと他の人が真似できることではない。

もしも自分が神様だったら、その世界に起きることは全部知っていると思うんです。でも、このサービスからは教えてもらったことのほうが断然多かった。そんなこともあってか、少なくとも僕のゲーム論からは神様説が無くなりました。何論かはこれからも模索し続けることになるとは思いますが、少なくとも「愛が込められていないもの」は作らないように、届けないようにしないといけないなと。

ともあれ、物理的にサービスが終了したとしても、ユーザーの想いや体験が終了していないのなら、その役目はまだ終わっていないんだと思います。

いつしかちゃんと何かしらの形で皆さんにお返ししなくちゃです。かしこ。


ファンの方からいただいた、登場キャラクターの自作イラストが書かれたチョコレート!
愛だな、愛っ。本当にありがとうございま!!!(・ω<)~♪ティーンッ

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