「クソゲーってなんだろう。」
今日も色々楽しいことがあった、大久保です。

今回はいつものあんまり面白くもない座学的なものをちょっとひん曲げて、「クソゲー」についてお話したいと思います。クソゲーと言ってアナタはどういうゲームをイメージするでしょうか?ゲームバランスがクソ、グラフィックがクソ、ストーリーがクソ、 操作性がクソ、致命的なバグがクソ。明らかにアレのパクりだからクソ。クソゲーにも色々な定義があると思います。

個人的にはゲームバランスがクソ、が一番最低だと思っています。せっかくゲームデザインが面白いのに、ゲームバランスのせいで全然面白くなくなる。山登りでようやっと九合目まで来たのに転げ落ちるぐらい勿体無い話ですし、何故最後の最後で頑張れなかったんだと思うわけです。

さて、なんで世の中にはクソゲーが生まれてしまうのでしょうか?これはめちゃんこ簡単で、「作った人がクソだから」です。企画自体がそもそもクソだったり、企画はイケてたのに開発メンバーがクソだったり、チームの人間関係がクソだったり、〆切や予算の設定がそもそもクソだったり、理由はとにかく色々です。でも、端的に言えば「人為的に起こされた事故の産物」なので、作った人がクソという結論になります。

しかし、クリエイターだってクソゲーを世の中に出そうと思って作ってるわけはありません。むしろ死ぬ気で頑張って、なんとか面白いゲームを出そうとしているケースの方が断然多いです。なのに何故かクソゲーが生まれてしまう。実は現場の人達のせいであることは少なく、そのプロジェクト担当の上長判断がクソ、その上長をそのポジションにした上長の上長がクソ、そんな上長の上長を雇っている社長がクソというふうに、最終的には一番偉い人の責任だったりします。

まぁそんなわけでビジネスである以上は色々な人が絡んで、色々な思惑がそこにはあって、そういっためんどくさいパワーバランスの中でゲームを作らなければいけないケースも沢山あるわけです。これからゲームクリエイターを目指すかたたちには、ぜひそんなシガラミの中でも負けない心でいつか名作、ヒット作をドーン!!!と世間に発表してほしいなと思います。

「磨きぬかれたクソゲー」
と、ここまではクソゲー発生のメカニズムについてお話しました。

で、少しだけ企画のお話。ゲームプランナーのお仕事をしていると、ある意味職業病なのか、道を歩いててもお風呂に入ってても、ゲームのアイディアを思い付く時があります。その時は面白いと思っていても次の日には忘れてたり、なんでこんなクソゲーを思い付いたんだろうと思ったり。

ゲームの企画は「100考える→10は面白い→1は実際に制作まで行ける」と言った風に、開発やリリースに進むまでに、星の数ほどの残骸を産み出します。一発で超面白い企画を考えられる人なんて、いないんじゃないでしょうか?もしそんな人がいたとしても、頭の中では超高速で100考えて、ようやく1を言葉にしているんだと思います。

で、ここからが急展開なんですが、「クソゲーだっていいじゃない?クソゲーを作ってみようよ!」と今日は思っているんです。何言ってんだバカヤローと思われそうですが、「これはクソゲーでしょ!」と言われるような物を意図的に作ることがいかに難しいかを知ってほしいんです。先述の通り、ゲームクリエイターのみなさんは「面白いゲーム」を作ろうとしていて、でも何かが足りなくて、結果的にクソゲーを世の中に出しています。そう、本当は面白いものを作ろうとしているんです。

そう考えると、意図的にクソゲーを作ろうなん普通のクリエイターでは出来ません。ただのウケ狙いでゲームを作るだけだったとしても、それではある意味「面白い」になってしまうので、クソゲーとも言えなくなってしまいます。 ユーザーが「何このクソゲーwwww」と笑いながらツッコミを入れているようではまだ面白いから駄目なんです。心の奥底から「俺の時間と金を返せ。」を言われるようなクソゲーをどうにか作ってみましょうよ!

……。

ね、クソゲーの企画を一生懸命考えている時点で、既にクソゲーを作ることなんて無理なんです。

まとめ。何が言いたいかと申しますと、面白いゲームを作ろうとするのと同じぐらいに、クソゲーとは何か?ということを頭の中で深堀りしましょうということです。「何が面白いか?」と「何がクソか?」を同じぐらいの強さでしっかり頭の中でイメージできて、それを言葉に出来るのなら、きっと面白いゲームが作れるはずなんです。良い物を作る上では駄目な物についても色々と学ぶことが、結構プラスになるんじゃないかなーと思います。

それでそのプロジェクトが大失敗したとしても、企画自体は面白いのだから、全力で誰かのせいにしましょう。←